256 カップに水を注ぐ
呼吸が楽になり、熱気がマシに思えるのは、光の大精霊イヴのおかげだろう。
もちろん、シアの身体能力向上の恩恵もあるし、たぶんサクヤも何かしてくれているのだろう。
それでも近付くのは無謀だと分かる。
俺には、炎の巨人を遠巻きに観察し、こちらに向かって来る火の玉を処理することぐらいしかできない。
『お兄さま、ディアお姉さまへの継続強化を、八で準備をお願いします。カウント四、三、二、一、はい』
未だに全く衰える気配がなく、巨人は燃え盛り続けている。
だが、熱気が消えた。
「サクヤ、頼む!」
曇り空だけど、雨の降る気配は全く無かった。なのに、巨人の周りにだけ雨が降り始める。しかも、不自然に巨人の上部へと集まって、徐々に滝のようになって、巨人に叩きつけられ始めた。
沸騰する音だろう。
空気が軋むような不気味な唸り声と、ジューともギューともつかない不思議な音が響き渡る。
もくもくと白と黒の煙が雨に負けじと立ち上るが、高く昇る前に叩き落される。
サクヤとシェラが、水の精霊にお願いした結果だ。
それに、徐々にだけど、巨人の足元に水が溜まり始めている。
ディアーナの聖法壁が円筒形に巨人を取り囲み、まるで見えないカップのようになっている。それが溜まった水で、おぼろげながら姿を現し始めた。
水が絶えず沸騰し、ドドドと泡立つ。
「グガァァァァ! グォォォォォオォォオン!」
劣勢を感じ取ったのか、巨人が咆哮を上げて暴れ始め、でたらめに火の玉を放ち始める。
……が、円筒形の聖法壁に阻まれ、滝のような雨に打たれ、水没し、すぐに崩壊する。
「この世のものとは思えない戦いだな……」
ようやく声を発することができたのは、俺の心が勝利の予感を感じ取ったからだろう。
まだ油断はできないが、巨人から立ち昇っていた炎は完全に鎮火し、黒々とした塊になった本体がもがき苦しんでいる。
周囲の火災も鎮火した。
……多少、水害が発生しているように見えるけど、クロエたちが救出してくれているはずだ。
それに、ようやく加勢できる距離にまで近付けたのだろう。横から水の塊を連射しているマリーさんの姿と、人形の姿が見える。
巨人が不自然な破裂を起こしているのは、人形の攻撃だろう。
ついに巨人が水没した。
観念したのか、身体を丸めるようにして、うずくまっている。
……が、黒い塊が、徐々に赤い光を放っているように見えた。
『みんな、気を付けろ! なんか危険だ!』
妹たちだけでなく、俺と繋がっている全員に念話を飛ばす。
マリーさんがホウキで空を飛び、慌てて遠ざかっていくのが見えた。
妹たちも、巨人から遠ざかっていくのを感じる。
そうこうしている間にも、巨人の身体が輝きを増していき……
「シア、建物の陰へ!」
地面に伏せると同時に、何か閃光が走ったような気がした。
全員に力を送り込み、全力で強化する。
ズグォォォーーーン!
至近距離の雷鳴にも似た、いや、それ以上の重々しい轟音が響き渡り、地面を揺らし、そして、様々な物が宙を舞う。
ディアーナの聖法壁を貫通したのか、それとも解除したのか……
「ハル兄は、そのまま」
俺を庇うようにシアが立ち、大剣を構えて仁王立ちになる。
たまに聞こえる、カンッという音は、小石などを弾いてくれているのだろう。
急いでみんなの反応を確認する。
どうやら、精神世界に戻った者はいないようだ。
つまり、死に近いようなダメージを負った者はいない。
英雄がいつまでも地面に転がっていては体裁が悪い。
とりあえず立ち上がって、軽く埃を払う。
俺たちの身を守ってくれた建物は、半壊していた。
つまり、これがなかったら、俺の身もどうなっていたか分からなかった。
「シア」
ひと声かけてから、建物の陰から出る。
まだ、多少の熱を持った風が、土や埃を打ち付けてくるけど、手をかざして巨人が居た方向を見つめる。
「なっ……」
壊滅。
その言葉しか浮かんでこなかった。
地面が大きく抉れ、その周囲が更地になり、ようやく、俺たちの立つ付近になると瓦礫が残っている……という有様だった。
「ハルキ、平気ですか?」
どうやらサクヤが助けてくれたようだ。
幽霊姿になって、宙に浮かんでいた。
「ああ、俺は。助かったありがとう。巨人は自爆したのか?」
「そのようですわ」
ハッと気付き、領主城へと視線を向ける。
ある場所を境に弧型の線を描いたように、被害が止まっていて、領主城は無事だった。……いや、無事のように見える。
「ハル兄!」
シアの鋭い声が響き、グイッと腕を引っ張られる。
力を使い果たしていた俺は、そのままペタリと尻餅をつく。
サクヤの念動力だろう。上空から飛来する煉瓦四つ分ほどの塊が、不自然な軌道を描いて地面に激突し、中から赤い塊が転がり出た。




