255 泥炭の魔人
そこは地獄だった。
外敵の侵入を防ぐ壁は溶け落ち、周囲は炎で満ちていた。
水は干上がり、漂う空気は熱く乾燥し、呼吸するだけで喉や肺が焼かれそうだ。
離れた場所でこれなら、巨人の周囲は途方もない熱さだろう。
「俺は……アレと戦わなきゃ、ならないのか?」
反乱軍は撃退した。
なのに、なぜあんなものが……
そもそも、燃える巨人ってなんだ?
なんであんな姿で生きてられるんだ?
アレを相手にして、俺に何ができる?
いやまあ、俺もちょっと調子に乗ってたと思うし、もしかしたら、俺にも何かが出来るんじゃないかと思ったりもしたけど……
俺の力はせいぜいシアに身体能力を上げてもらっただけの、ただの人間。なのに、アレをどうこうできるとは思えない。
それ以前に、あの熱量を放たれ続けたら、近付くことさえ不可能だ。
この位置から矢を射かけたところで、届くころには燃え尽きているだろう。
こちらに有効な攻撃手段がなく、相手を押し留めるのが精一杯。
そんな状態なのに、ただの人間の俺にどうしろと……?
「シアも戦う」
「そうですわ。ハルキには私たちがおりますのよ? メイプル姉様が何かいい作戦を考えて下さいますわ」
そうだメイプルに……
……いや違う。その前に、俺にもできることがあった。
「ありがとう、シア、サクヤ。もう大丈夫だ」
俺を庇うように前に立つシアの頭を優しく撫でる。
後ろからなので表情は分からないが、たぶん、いつものように目を細めて微笑んでいるのだろう。
「サクヤ、イヴと話すことはできるか?」
「ハルキの呼びかけなら応えて下さると思いますわ」
「……わかった」
大きく深呼吸……は出来ないので、袖で口元を抑えながら、ゆっくりと大きく息を吸い込み、一気に吐き出す。
心を落ち着けて呼びかける。
「イヴ。慈悲深き光の聖女よ、少し聞きたいことがあるのですが……」
「その頼み方ではワタクシに届きませんわよ。もっと親し気に、妹と話すときのように頼んで下さらないと」
どういうことだ……?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「イヴ、聞きたいことがあるんだが、ちょっといいか?」
「は~い、何でも聞いてくださいな。知りたいのは、身体のサイズですわね?」
そんなことを言いながら、前と同じ、大人の三分の一サイズで、俺の前の空間に姿を現した。
そんな冗談に付き合ってる余裕はない。
……けど、虚をつかれて頭の中の不安が吹っ飛んだ。
まさか大精霊が、そんな冗談を言うとは思わなかった。
「……なるほどな。ありがとうイヴ。おかげで少し冷静になった」
「いえいえ、どういたしまして」
その姿を見ているだけで、心が安らぐのを感じる。
そういえば、熱気が和らぎ、呼吸が楽になったような気がする。
……いや、和んでる場合ではない。
「アレが何か分かるか? できれば倒したいんだが」
「人が魔を取り込み、魔人になった成れ果てですわね。魔の冒されれば超常の現象が起こりがちなので、推測だらけで恐縮なのですが、恐らく本体は石炭、もしくは泥炭などの燃える物体だと思われます」
「すまん、よく分からん。元々は人だけど、何らかの術で石炭の身体を持つ化け物になったってことでいいのか?」
「その解釈で構いませんわ」
「石炭はともかく、でいたんって? それも燃えるのか?」
「ええ。言ってしまえば燃える泥ですわね」
そんなものがあるのか……と、感心してる場合じゃない。
巨人が炎を噴き出してるってわけじゃなく、身体が燃えてるのなら……
「放っておけばそのうち燃え尽きたりは?」
「魔の力を使い果たすか、魔人の命が尽きれば消えるでしょうけど、それがいつになるかは不明ですわね。恐らく、魔人になったことで、魔の力がある限り、燃料となる身体は再生し続けると思われます」
「厄介だな。水をかけて火を消すっていうのは?」
「内部で火が燻っている状態ですので、完全に鎮火するのは難しいですわね」
「でも、シェラが水精霊にお願いして動きを封じてもらってたってことだから、完全に無意味ってことはなさそうだよな……」
水をかけて消火し、身体を切り刻み、魔石を見つけてくり抜く……
いや、ゲヌマの魔物じゃないのなら……
「ゲヌマの魔物なら、魔石を抜き取れば倒せるって思ったんだけど、そもそも魔人って何なんだ?」
「動植物が魔の影響を受け、異形化したモノが魔物ですわ。人が魔物になったものを魔人と呼び分けているだけですので、魔石が弱点なのは変わりませんわよ」
「だったらやっぱり、水をかけて火を消して、切り刻んで魔石を探す……しかなさそうだな。海や湖に沈めれば手っ取り早そうだけど……」
誘導しようとしても従わないだろうし、運ぶのも吹っ飛ばすのも厳しいだろう。
そもそも海までは遠いし、湖も……
「ありがとう、イヴ。すごく参考になったよ。ちなみに精霊の中で、アレを倒せるほどの力があって、俺に協力してくれそうなのっている?」
「精霊は魔の力と相性が悪いので……」
「いや、聞いてみただけだから、気にしないで」
光の大精霊イヴが姿を消すのを見送ってから、今の話をメイプルに報告する。
その後、しばらくの間、俺はシアとサクヤの力を借りて、不定期に放出される生きた火の玉を処理することになった。
それほど強くはないが、いつ放出されるか分からず、動きが不規則、それにこちらの攻撃を避けるので厄介だが、サクヤが動きを止めたところを仕留めれば、それほど苦労することはなかった。
英雄だと送り出されたのに、やってることが地味だけど……
それほど待たされることなく、メイプルから作戦が伝えられた。




