250 商都メルシア
蛮族の侵攻は、風精霊によって王宮に伝えられた。
直ちに救援部隊が送り込まれることになったけど、その先駆けとして、グィルムの北部入ったばかりの治安維持派遣隊にも救援の命令が下った。
その指揮を執るのはリーフォニア伯爵……つまり、俺だった。
まずは、非戦闘員や荷馬車などを避難させる集団を輸送班とし、ルベール子爵を班長に任命して、同行している貴族たちにその補佐を任せた。
爵位ならばメイリアが、実質的な立場ならばマリーが上だけど、二人には後でこっそり抜け出して合流してもらうので、リーフォニア関連のことはサンディーに任せて、二人には表に出ないよう取り計らってもらった。
救援隊の本隊は、このまま隊長のブレイマーに率いてもらう。
そして、俺たち──俺、シア、ディアーナ、ファル、シェラの五人は、避難民のフリをしながら荷馬車で商都メルシアを目指した。
村に身を寄せることができ、よくやく落ち着いたとメイプルから連絡があり、ひとまずは安心する。
これで、こちらのことに集中できる。
俺たちの乗る荷馬車は、途中の村で馬を代えながら夜通し移動したこともあって、翌日の昼前には商都メルシアに到着した。
まだ戦闘の気配はなく、敵の姿も見当たらない。
だが、門番はかなり神経を尖らせていて、不審なモノを見逃さないようにと、厳しい表情で目を光らせていた。
「次っ! 許可証、もしくは紹介状はあるか?」
「そういうんはあらへんのやけど……、こういうんはどうやろか?」
「怪しげな言葉だな。どこから来た?」
門番は眉をひそめつつ、差し出された個人認証カードを受け取る。
「王都からディッケスへ戻ろう思とるんやけど、その途中なんよ」
それなら、このメルシアに立ち寄っても不思議はない。
不意に門番が大声を上げる。
「えっ? 聖法騎士さまっ!?」
門番は何度もカードを確認しながら、御者を務めるディアーナを驚きの表情で見つめている。
このおっとりした旅装束の少女が? ……などと思っているのだろう。
「こないな格好やし、そうは見えんやろうけど、ウチ、これでも聖法騎士なんよ」
そんなやりとりを見て、なんだかディアーナが楽しんでる……いや、困っているように思えたので、助け舟を出すつもりで馬車から顔を出す。
「ディアーナ、何かトラブルか?」
「いいえ、アニさま。そういうことやあらへんのやけど、ウチ、この格好やと聖法騎士らしゅうあらへんから……」
まあ、そりゃそうだ。
「驚かせてしまったようだな。私はリーフォニア伯爵ハルキ・ウォーレンだ。王都よりフロイス子爵をお連れした」
「リーフォニア……さま?」
今度は疑惑の目がこちらに向かってきた。
まあ、そうだよな……と思う。
今は避難民を装っているのもあるけど、俺も旅装束だと貴族には見えない。
「この場では騒ぎになる。調べるならどこか別室で頼めないだろうか?」
「いいえ、それには及びませんわ」
すぐ近くで声が聞こえたと思ったら、俺の背中に乗るようにして、シェラも顔を出した。
「門番さん、お勤めご苦労様です」
「ひ、姫様っ! お帰りなさいませ! ど、ど、どうぞお通り下さい。あっ、姫様っ、そのまま領主城へお向かい下さい!」
さすが領主様だ。
あっという間に通されてしまった。
「なんかすごいな。これが領主の威厳ってやつか。俺なんて、ディッケスでも領主だと気付かれずに足止めされる自信があるよ」
「たまたまですよ。たまたま、フロイス家で雇っている方だっただけです」
街並みは、さすが商業を司る大都市だ、と思ったけど……
商人とは利に敏いもの。戦乱が近付けば、大儲けのチャンスだとばかりに張り切る者もいるが、多くは戦乱を避けて雲隠れする。
なので、街並みは立派なのに、閑散としていた。
「別に商人たちが悪いわけではありませんわ。商人の保護はフロイス家の方針ですので、危険が迫った時には逃げるようお願いしてあるのです」
だから、商人たちは薄情にも逃げ去った……ってわけではないらしい。
領主城も立派だった。
ディッケスの城も大きいと思っていたけど、ここの城はさらに広く大きい。
なんだか騒々しいと思ったら、避難民や商人たちは、ここに逃げ込んでいた。
金、人、物が集まる場所だけに、こういう時の備えは万全のようだ。
俺たちは客間でひと息つき、それっぽい衣装に着替えてから会議室に向かった。
ファルとディアーナは、いつもの甲冑姿になっている。
そして、俺とシェラは、軽装鎧姿になっていた。
二人並んで歩いていると、シェラとみんなの関係が、良好なのがよく分かる。
「領主なのに、お姫様扱いなんだな……」
「お恥ずかしながら。それよりも、皆様に歓迎して頂いていることが嬉しくて、少し安心いたしました」
「そういや、領主に復帰して初めて戻って来たんだよな。それにしては、みんな馴染んでるような……」
「ええ、形だけでしたけど、統治は任されておりましたので」
そうは言っているが、領主だから従っているという感じはしない。
シェラの手助けをしたいという思いが、みんなからヒシヒシと伝わってくる。
その中から、未成年だと疑われそうな若い男が進み出る。
「まずは姫様、皆を代表して私から、無事のご帰還をお喜び申し上げます」
「ありがとう、ネロちゃん。心配をおかけしました」
「ひ、姫様!? お客人の前でその呼び方は、控えて頂けると助かるのですが……」
周りからクスクスという笑い声が漏れてくる。
だけど馬鹿にしているわけではなく、このやりとりを微笑ましいものだと受け取っているようだ。
「皆様、我らが姫様を無事にこの地へと導いてくださり、深く感謝申し上げます。英雄と名高いリーフォニア伯爵閣下には、婚姻の相手として我らが姫様を選んで頂きましたことも合わせてお礼申し上げます。四人同時というのは少々驚きましたけれど、姫様のことも、どうぞよろしくお願いします」
「ああ、もちろん。そのためにも、この戦いには必ず勝たねばな」
なんとなく照れ隠しで発した言葉だったけど、思いのほか効果が大きく……
会議室に賛同の声が木霊のように湧き上がり、対策会議を始める前から大いに盛り上がった。




