247 ノスフィアベル浄楽園
俺たちにとって、ここは特別な場所といえる。
当時の面影は全く残ってないけど、ここは巨大融合魔物と戦った廃墟跡だった。そこに、ノスフィアベル浄楽園が作られていた。
ノスフィアは土着宗教が組織化したもので、傍都ベルにもノスフィアベル教会という伝統ある教会が存在する。浄楽園は、その教会が管理する関連施設ってことになる。
祈りを捧げる『浄めの塔』、葬儀を行う『弔いの塔』、結婚式を行う『誓いの塔』と、三つの塔に囲まれた庭園広場『浄楽園』で構成されている。
キュリスベル王国の宗教と言えば、三英雄が祀られたリンプス教のほうが有名だけど、ノスフィアのほうが人々の生活に根付いている。
有名なのは、太陽の大神ラーテル、豊穣の女神ユーカティア、迅雷の女神フェムーリア、勇敢なる闘神ベルクルーガ、清浄なる女神クリスマーナ、運命の薬神ヤクトエヌスの六神……
ノスフィア教会の多くはこの六神を祀ってるけど、教会によって主神が変わる。
例えば、王都にあるノスフィアキュリス大教会の主神は太陽の大神ラーテルで、傍都ベルにあるノスフィアベル教会の主神は豊穣の女神ユーカティアだ。
だから、このノスフィアベル浄楽園でも、豊穣の女神ユーカティアを主神として祀っている。
そのことから、庭園広場のことを『ユーカティアの庭』と人々が呼ぶ。
……そのような説明を、浄めの塔にある礼拝堂で直接教主から説明を受けた。
教主は教会の中で一番偉い人であり、教会の責任者である。この教主の場合は、ノスフィアベル浄楽園の責任者ってことになる。
それにしても立派な礼拝堂だ。
ノスフィアは清貧というイメージが強いけど、聖地という言葉に負けない装いだった。とはいえ、華美な装飾などはなく、シンプル故の美しさが感じられる。
入り口を抜けると、主神である豊穣の女神の像が正面中央にドドーンと見え、その左右に残る五神が配置されている。
この辺りは、リンプス教の聖堂を意識したもののように思えるけど……
「教主様よりご説明を賜り、恐悦至極に存じます。時が許されるのであれば、これより祈りを捧げたく存じます」
「多大なる貢献を成されたハルキ様御一行を拒む理由はございません。こちらへどうぞ……」
胸に手を当ててお辞儀をし、教主に続いて聖句を唱える。
「豊穣の女神たるユーカティア様に祈りを捧げ、奇跡の行使を請い願い奉ります」
その祈りが届いたのか、像の後ろの壁面に描かれた豊穣の印が輝きを放つ。
相当な明るさで、像の陰になっていても眩しいぐらいだ。
「これほどの後光が現れるとは、なんとも神々しい」
ディアーナ曰く、聖句や身振り手振りは、布教活動のための演出ってことだから、これもそうなんだろう。
だからといって正直に「これは見事な演出ですね」とは言えない。そう思い、言葉を選んだんだけど……
なぜか教主様も、驚愕の表情でその光景を見つめていた。
「このようなことが起こるとは。これも皆様が培ってこられた信心の賜物でありましょう。どうぞ、祈りの続きを」
てっきりそういう仕掛けかと思ったけど、違ったようだ。
まあそれはいいとして、とにかく女神様に伝えたいことが山のようにある。
フェラルド様の病を癒して頂いたお礼。ディアーナがユーカティア様に仕える聖法騎士だと名乗ったことへのお詫び。四人と結婚したことと、さらにロアが加わること。リーフォニア領に恵みをもたらして頂いたお礼、等々……
王都にもノスフィアの教会はあるけど、ユーカティア様に祈るのなら、ユーカティア様が主神として祀られている教会が望ましいだろう。
それに、直接ではないものの、俺たちが王宮に提案して実現した聖地なのだから見ておきたいっていうのもあった。
幽霊たちとの約束も気になってたけど、そちらも問題がないようで安心した。
もう一ヶ所、是非とも見ていただきたいと案内されたのは、誓いの塔にある少し奥まった一室だった。
扉が開かれ、中に入った瞬間、俺たちは一斉に息を吞んだ。
何かの間違いじゃないのかと目をこすり、小さく頭を振ってからあたらめて正面を見据える。
だけど、こうあって欲しいという願望通りにはならず、幻のように消えたりすることもなかった。
「これは……?」
「御覧の通り、ベルを救った英雄たちの像です。ハルキ様もご存知だとは思いますが、マスターブラック様、ディア様、フェルミン様、そして、そこにおられるカイゼル閣下が凶悪なモンスターを倒して、このベルを救って下さいました。それに感銘を受けた有志たちが集い、その功績を称えるために作られました」
ネームプレートには、白銀の聖法騎士ガイゼル、紅玉の聖法騎士ディア、滅魔の召喚術士フェルミン、漆黒の召喚術士マスターブラックの名が刻まれていた。
……さすがに、災厄の魔女という名称は避けたようだ。
他の三人は鎧や兜で完全武装した姿だけど、メイリアだけは魔女姿で素顔を晒している。だけど、その顔の造形にもこだわりが感じられ、時折見せる幼くも凛々しい表情を見事に再現していた。
「なるほど……見事なものだ」
思わずドキッとしたけど、マスターブラックの正体がバレたってわけじゃなさそうだ。それでも、気恥ずかしさは消えない。
「いかがでしょうか。ガイゼル閣下」
教主に問いかけられたファルも同じ気持ちだろうと思ったけど、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ユーカティア様の御許と呼ばれるベルの都で英雄と称えて頂けるとは、騎士として無上の喜び。その栄誉に打ち震えております」
「おお、なんと喜ばしいことか。閣下のお言葉を知れば、有志の方々も大いに喜ばれることでしょう。もし叶うのであれば、全ての英雄から了承を頂き、このような奥まった場所ではなく、堂々と皆に披露したいものです」
要するに、一部の者が趣味で作った関係者だけの部屋ってことなのだろう。だから、こんな隠れた場所に置かれていたのだ。
その出来栄えは見事なもので、細かな部分にまで気が配られているのを感じる。剣の角度やマントの靡き方も、すごくこだわっているのだろう。
たしかにこれを関係者だけでひっそりと眺めるだけっていうのは勿体ない。それに、騎士の栄誉だとファルが思っているのなら、多くの人に見てもらって語り継いでもらいたいと思う。マスターブラックのことは別にして。
「そういうことでしたら、私のほうで確認してみましょうか?」
「よろしいのですか? 是非、よろしくお願いします」
さっそく念話で確認してみる。
さすがにメイリアは断ると思ったけど、なぜか爆笑した挙句、滅魔の召喚術士という二つ名が気に入ったようで、あっさり許可が下りたことで大勢が決した。
「それでは、獣人を呼び出します」
それっぽく手のひらを前に突き出すと、目の前の空間に淡い光が溢れ出して白兎獣人が現れた。何やら手のひらサイズの木箱を持って。
「お召しにより参上ぴょん♪ 先ほどの件ですが、皆様も名誉なことだと喜んでたぴょん♪ それと、こちらが頼まれていたモノぴょん♪」
なんだか白兎獣人が楽しそうだ。
『サクヤ、なんだかご機嫌だね』
『こうして王都の外でもお役に立てることが嬉しいのですわ。これからもどんどん頼って下さいね』
跳躍を会得したことで、活動範囲が広がったことを喜んでいるようだ。
木箱を受け取ると、メイプルから念話が飛んできた。
『お兄さま、それはお布施です。中には正金貨五十枚が入っています』
『えっ? 正金貨が五十枚も?』
お布施に相場はないが、お賽銭なら大銅貨一枚、礼拝堂に入って礼拝するなら大銀貨一枚っていうのが慣例となっている。だけど、貴族ならば正金貨一枚ってことが多いらしい。
五人いるとはいえ、お布施にしては破格だ。
あまりの金額に感覚が麻痺しそうだけど、ディッケスにある領主館の年間維持費は正金貨三十枚ほど。そう考えると、とんでもない額だ。でも……
そんな気持ちを押し殺し、外見を取り繕って笑顔を浮かべる。
「本日はありがとうございました。こちらはお布施と、遅くなりましたがノスフィアベル浄楽園の落成祝いとなります。どうぞお納めください」
係の神官に木箱を渡し、教主様にお辞儀をする。
メイプルが決めたのなら、これが正しいお金の使い方なんだろう。
日頃からお世話になっている豊穣の女神様に捧げたと思えば、なんてことはない。
その後、いくつかお土産を買って、幾分か軽くなった荷馬車で傍都ベルを出た。




