245 思わぬ形で巡りくる人助けの余波
伴侶を得た事でようやく本当の貴族生活が始まったようだ。
貴族社会も大変で、あらゆる利害関係を常に調整し続けなければならず、いわば終わりのない責め苦のようだった。
今のところ特に目玉となる交易品のないリーフォニア領だけど、それでも何か儲け話がないかと探られ続けている。
さすがに近隣の領地には実情が伝わっているのか大きな動きはなかったけど、北海地方や中陸地方などの遠方の領主からは、多くの問い合わせがあった。
それに対して「いやあ、うちは田舎なんで、何にもないです……」なんて返事はできない。だから、農業、畜産、林業、鉱山、教育などと分野別に、バランスよく発展させていくといった方針を伝えている。
現状では、美味しい野菜と服飾関係が花開きつつあると売り込んでいるけど、それだけでは弱すぎるので、キッシュモンド商会を通じて王都で販売していると宣伝している。
アクアマリン服飾店に併設する予定の軽食店では、領地で収穫された農産物を扱うと決めてあるけど、そこで販売も請け負ってもらうことになっている。
品質はセラさんも保証してくれているので、そこそこの売り上げは見込めるだろう。精神収納を経由すれば輸送費がかからないので、多少安く売っても他の店より儲けが大きくなるはずだ。
それはそれとして、領地を発展させるには、まずは教育機関を立ち上げなければならない。
それが定着して研究施設が整ってようやく、領内の改革が本格的に始まる。
全てを一からとなると、とんでもない費用がかかってしまうけど、幸いなことに放置されている領主城を使う算段がついている。
いずれはリーフォニア領の生命線となる技術の宝庫になる予定なので、不便な立地も都合がいい……らしい。
それに、普段から使っていれば、いざという時に住民たちの避難場所として使えるし、その為の備蓄倉庫も兼ねれば飢饉にも対応できる。
……話が盛大に逸れてしまったけど、つまり、人間ってものは、苦行の最中は明るい未来を夢想して現実逃避をしたくなるものだ。
「お疲れのところ申し訳ありません、お兄さま。そろそろ出発しませんと、グルーモア伯爵との会食に遅れてしまいます」
「……ふぅ。なんかもう、食欲なんて全く湧かないけど、行くしかないよな」
ファルの父親の誘いなんだから、絶対に断ることなんてできない。
これが本当にただの会食だというなら気が楽なんだけど、貴族の当主同士が会うのだからそれで話が終わるわけがない。必ず何かの思惑があるに違いない。
そう思うと、余計に気分と胃が重くなる。
「ガイゼルさんの準備は整っています。私もいつでも行けますよ」
「それは……うん、頼りにしてるよ」
メイプルが同行してくれるのはとても心強いけど、裏を返せば何かの交渉事が行われるって思ったほうがいいだろう。
いや、まだ、その可能性があるって段階なのかもしれないけど……
ともかく、護衛のシアを交えたこの四人で、グルーモア伯爵邸へと向かった。
王家から贈られたリーフォニア家の紋章入りの軽馬車は、とても快適だった。
たぶんマリーの為に贈られたんだろうけど、有名人になると徒歩での移動が思った以上に不都合だらけで、結局のところ少しの距離でも馬車で移動したほうが面倒事が少ないと分かり、ありがたく使わせてもらっている。
ましてや、今回はグルーモア伯爵邸に、ファルと一緒に出向くのだ。さすがに徒歩でというわけにはいかない。
まあ、賜ったのは馬車だけなので、馬と御者は商業組合に用意してもらったけど、それなりの額の寄付している効果なのか、優秀な人が来てくれたようだ。
どうせ滅多に使わないからレンタル馬車で十分って思ってたけど、所有してしまったからには維持しなければならない。
ましてや王家より賜ったものだけに、家宝のように大切に扱う必要がある。
だから、これを機に、馬車関係の設備を整えようという話が持ち上がっている。
一応ながら、白葉館にも馬車小屋が併設されてるんだけど、残念ながら今は倉庫になっている。
片付ければ軽馬車なら二台は余裕で入るけど、それよりもゲスト用の待機場がないっていうのは問題だろう。
幸いと言っていいのか、殺戮の館の名残で安く手に入った土地がまだ残っている。なので、その空き地を使ってもらってるけど、それでは失礼……とまでは言わないまでも、なんとも不愛想に思える。
幽霊たちが空き地も管理してくれているおかげで、待機場に使っても泥だらけになったり雑草に煩わされたりすることはない。だから、キッシュモンド商会のほうでも同じように利用してるけど……
どうせならしっかりと舗装して、休憩所や馬用の設備も整えて、人や馬もくつろげる待機場にしたいと考えてくれているようだ。
その際、リーフォニア家が土地や施設を所有し、キッシュモンド商会が管理や運用をする形が、何かと都合がいいらしい。
「皆様。間もなくグルーモア伯爵のお屋敷に到着いたします」
「あっ、はい。トニーさん、ありがとうございます」
御者のアナウンスに、メイプルが礼を言う。
馬車の性能もあるんだろうけど、道中も静かだったし、減速も穏やかだ。
やっぱり本職の技術は素晴らしい……などと感心しつつも、周囲を警戒しながら先に馬車から降りて、女性たちの降車を手助けする。
「それでは、また後ほど連絡しますので、よろしくお願いします」
メイプルの言葉に、俺も横で小さくうなずく。
「はい。それでは行ってらっしゃいませ」
馬車を下りたトニーが帽子を胸に当ててお辞儀をする。
それに見送られながら、俺たちはグルーモア伯爵邸に入った。
魚卵の塩漬け、丸鳥の香草蒸し、豆のスープ、卵と大角鹿肉のリゾットなど、豪華な料理の数々は、とても美味しかったようだけど、残念ながら味を楽しむ余裕はなかった。
そんな俺の心情をよそに会食は和やかに進み、軽い談笑を経て、グルーモア伯がついに本題を切り出した。
事の発端は、俺が裏路地で悪漢どもから女性を助けたことだった。
その時、シアがならず者のアジトを見つけて一人で制圧したわけだけど、それがオース教の礼拝堂だった。
そのことでオース教が、人身売買組織と繋がりがあり、サンクジェヌス帝国の悪事に加担していると発覚し、それを受けて王宮が動いた。
その結果、王都にあるオース教施設を制圧し、帝国の裏組織を殲滅し、皇国と帝国による陰謀を阻止したわけだけど……
その際に、奴隷として捕まっていた多くの人を保護することになった。
そこで問題が起こっているという。
身元が判明した者、身寄りのある者は引き取ってもらっているけど、外国から連れてこられた者や身寄りのない者もいる。攫われた時に家族が殺された者も。
「彼らを、リーフォニア領で引き取って欲しい……ということですね?」
「むろん、戻りたいと望む者は、国外であっても王国が力を尽くすが、行く当てが無い者には受け入れ先を見つけてやらねばならん。未だ王家直轄領となっている南東地方ならばという案が出たが、監督する者が必要だろう。であれば、信頼できる婿殿に任せてみてはどうかと打診されてな。こうして話を持ってきた次第だ」
これから発展していくのに人手は必要だけど、誰でもいいってわけじゃない。
現在のリーフォニア領は、かなり危ないバランスの上で成り立っていて、かろうじて崩壊を免れている状態だ。
危ういながらも徐々に足場を固めている状態なので、そう簡単には崩れないとは思うけど、下手によそ者を受け入れて争いごとが起きれば……
……あっ、そうか。
彼らは、昔の俺と同じだ。
俺だって、行く当てがなく彷徨った末にウラウ村で拾われたよそ者だ。
そんな俺を……得体のしれないよそ者を、ウラウ村の人たちは温かく迎え入れてくれた。
なのに俺が、路頭に迷った者たちを拒否するなんてあり得ない。
気が付けばシアが俺の手を握って、不思議そうにこちらを見上げていた。
メイプルも俺を見つめているけど、この微笑みは「心配しなくてもいいよ」って意味だろう。実際に念話でもそう言われた。
「わかりました。お引き受けいたします」
「おお、そうか。さすが婿殿だ」
「……ですが、一つだけ条件がございます」
「条件?」
「はい。ご存知の通り我が領地は田舎にあり、民たちは常にギリギリの生活を強いられております。ですので、僅かでも軋轢が生まれますと危機的状況に陥りかねません」
少し大げさだけど、嘘は言っていない。
それに、本題はここからだ。
「事情が事情ですので、一人でも多くの方を受け入れたいという気持ちは大いにあります。ですが、こちらにも限度がありますので、その人選をこちらにお任せ願えないでしょうか?」
「もっともな意見だな。そうだな……よし、そう取り計らうとしよう」
王宮でも素性や素行の調査を行ってると思うけど……
領地に受け入れるのなら、最低でもミアの判断ぐらいは仰いでおきたい。
疑心暗鬼かもしれないけど、実はこれも王家が課した俺への試練ではないかと、ほんの少しだけ疑ってたりする。
どうすれば合格なのかは分からないけど、これが最良なのだと思うことにした。




