244 未来に向かって
「天帝ラディエルともあろうお方が、率先してこのようなことをされるとは。あまり感心は致しませんわよ?」
「何の事だ? マディスクルムよ」
「あの者の末裔に、肩入れしておいでですよね?」
「肩入れとは心外だな。請われて姿を現しただけではないか」
「友と認め、祝福を与えたのに、肩入れではない……と?」
フフ……と不敵な笑い声を漏らしたラディエル。……だが、直後に大きな溜息と共に、鬱屈した思いを吐き出す。
「魔王の奴め、好き勝手しおって……。アレに比べればこの程度、肩入れでも何でもなかろう?」
「だとしても、私たちが定理を歪めれば、世界は容易く崩れましょう」
「すでに崩れておるではないか。もはやオースフィア以外に未来はない。それに、我らの干渉などたかが知れておる。その最大限を持って対抗せねば、全ては魔王の思い通り……世界は滅びを迎えるであろう」
光の精霊王と称される至高の天帝ラディエルは、破滅に向かう世界を憂いながらも打開に繋がる布石を探り続け……
「マディスクルムよ、黄昏の薬神たるそなたの加護で、この傷付きし世界が正しく癒されんことを期待しておるぞ」
「もとよりそれが、私の役目ですよ」
……岩の精霊王と称される黄昏の薬神マディスクルムの立場を確認して、この会談を終えた。
この日の空も、朝から晴れ渡っていた。
盛夏の祭典の最終日、昼の弐つ鐘に合わせて式典が催され、多くの人が王宮の大広間に集まった。
俺も白兎姿のサクヤと一緒に参列する。
かなり厳しい決まり事や事前の審査があるけど、魔導術士の使い魔、精霊術士の精霊、召喚術士の召喚体などの列席が認められている。
今回の主役は王族の方々なので、俺が前に出ることはない。要するに、式典に招かれた客の立場なので、妹であるシアには遠慮してもらった。
なんせ、俺とは比べものにならないほどの人気を誇るシアだ。こんな場に姿を現せば、あっという間に人だかりができてしまう。
そのシアの代わりに白兎が護衛を務めてくれてるけど、いくら愛らしいといってもさすがに召喚体を口説こうとする者はいないだろう。……たぶん。
ついつい参列者の中に、見知った顔がないかと探してしまう。
不本意ながらもこの様な場に何度も出席させてもらったおかげで、少しは周りを見るだけの余裕が出てきた。
まあそれも、今回の俺はただの観客だからなんだけど、メイリアとシェラが寄り添ってくれているからというのが大きい。
それに、南海地方の領主たちも近くで集まっている。
この式典は、六日間にわたって開催された盛夏の祭典の締めくくりとなる、閉幕を告げるものだった。
表沙汰にならない所では様々な出来事があったものの、全体的に見れば平和にして賑やかな日々が過ぎ、かつてあった笑顔と活気で満ちた王都の日常が戻ってきたと感じるので、王宮の目論見は成功したと言えるだろう。
キーセント公爵の演説も、景気の良い言葉が並び、その全ては王様ならびに王家を褒め称えるものへと変換されていく。
そして……
「なんか、人が増えたな……」
「あー、あれはねぇ~、王宮の使用人たちねぇ。たぶん、マリー専属の……ね」
珍しくメイリアが、ちゃんと説明をしてくれた。
しかも、なんというか、寂しそうというか悲しそうというか、物憂げな表情を浮かべている。
今回はアキュート伯爵として出席しているのでドレス姿になっている。そんな姿でそんな表情をされたら、災厄の魔女らしくないとイジることもできないし、なんだかずるい気がする。
「そっか、マリーが王宮から出たら、彼らは……」
「あ~それは大丈夫よぉ。仕事が変わったり、するかもしれないけど~、自分で辞めない限りは、クビになったりはしないと思うわよぉ?」
「そっか……」
多くの者が見守る中、キュリスベル王国第三王女、フェルデマリー・グウェン・キュリスベルの名が呼ばれ、王様の前に立った。その傍らには王妃様が寄り添っている。
早くも使用人たちから、すすり泣く声が漏れ始めている。
そんな中、国王にしてマリーの父であるライ陛下の声が響き渡る。
「フェルデマリーよ、王女として長く民の為に尽くしたこと、王として、父として、誇りに思う。何をしでかすか分からぬ娘に振り回されたことも多々あったが……」
列席者から笑い声が漏れ伝わってくるが、嘲笑ではなく、とても温かいものだった。それこそが、マリーの功績に対する評価なのだろう。
「……これほどまでに慕われておるのだから、その行いは間違いではなかったのであろう。今後は胸を張って後顧の憂いなく己が道を進み、己が幸せをつかみ取るがよい。フェルデマリーよ、ご苦労であった」
「父上、母上、最後の最後まで苦労をおかけすることになりましたが、ワガママをお許し下さり感謝いたします。立場が変わろうとも、いつまでも愛しております」
マリーが両親と抱擁を交わすと、高まった感情の波が観衆の中で広がっていく。
俺にとっても他人事ではない。この事態を引き起こした張本人なのだから。
これは儀式だってことは分かってる。だけど……
「なんだか、マリーを両親から引き離すようで、心が痛いな……」
「気にする必要はないわ~。これも、マリーが王籍から離れたことを示すための演出よぉ」
「まあ、そうなんだろうけど。真に迫ってるっていうか……」
「そりゃ、王族ったって感情はあるし~、感情も立派な武器だからねぇ。それらも含めて、観客からどう見えているか、本能的に分かってる人たちなのよぉ?」
メイリアの指摘は身も蓋もないが、その目には涙が浮かんでいる。……本当に、それはずるい。
ともあれ、さすが王族の方々はすごいと思う。
観客の反応を見ながら即興劇を演じているけど、自然と湧き上がる感情を乗せることで、より強く観客の心を掴んでるように感じる。
それらを本能的に感じ取って、演じている……
いや、本人たちには演じているつもりすらないのかもしれない。だから胸を打つのだろう。
マリーの世話をしてきた者たちには、なおさら……
俺がマリーのことを知ったのは最近で、それまでは噂話で聞くぐらいの情報しかなかった。だから、幼少期の姿や、公式の場以外の彼女の姿は全く知らない。
それでも、この雰囲気から察するに、皆から慕われていたんだなと感じる。
「王家の証、返還」
凛とした表情で所定の位置に戻ったマリーの元に王宮メイドたちが集まり、頭のティアラが外される。
布の張ったトレーには、既に王家の紋章が入ったケープが乗せられていて、その上にティアラが乗せられる。
最後に、手渡された錫杖を捧げ持ち、王様に返還する。
これにより、フェルデマリーは王族としての特権を全て失った。
「国王陛下。わたくしフェルデマリーは、マリー・グウェン・リーフォニアとして、夫であるハルキと共に王家を支える柱となりて、全身全霊をもって尽くす所存にございます」
「うむ。そなたの……リーフォニア家の活躍に期待する」
こんな場面でメイリアは、いいことを思いついたとばかりに、念話で提案をしてきた。
さすがに、この場面で予定外の行動を起こすのは恐ろしすぎる。だが、困惑する俺をよそに、他のみんなは賛成した。
そんなわけで……
階下に進み出た俺、メイリア、シェラが出迎える中、白銀の聖法騎士にエスコートされたマリーが階段を降りてくる。
全員で横一列に並んで国王と王妃にお辞儀をすると、にっこり微笑むマリーに白兎を渡して、みんなでカーペットの上を歩き始める。
内心では、いつ「無礼者」と斬り捨てられるかとビクビクしていたけど、思いのほか好評だったようで、満場の拍手に迎えられて、俺たちは貴族の列に戻った。
その後は、国王陛下による演説などが続ぎ、閉幕の宣言をもって数々の波乱を乗り越えた盛夏の祭典が無事に終了した。




