243 特別製の薬瓶
「メイプル、もしやそれは……?」
「はい。オース教の礼拝堂で押収されたものと同じカバンです」
白葉館に戻ってから確認するつもりだったけど、時間が空いたこともあって好奇心には抗えなかった。
だからメイプルはこっそり見ようと思ったのに、早速マリーに見つかった。
カバンはすでに開錠されていた。
先にディアーナが確認したのか、それとも最初から施錠されていなかったのか。
留め金を外して蓋を開けると、中には薬瓶が詰まっていた。
それに包帯やガーゼなどの救急治療セットも入っている。
カバンも含めて全て新品のようだ。それに……
「これは……?」
「どうやら、取り扱い説明書のようですわね。破棄を徹底にと断りを入れてあるので、外部に漏れては困るような重要な秘密が記されているのでしょう」
皇国の言葉で書かれていたが、二人の障害にはならない。
紙束を手に取ったメイプルは、パラパラとページをめくって流し読みをする。
その途中で手を止めた。
「なるほど……、少し不思議だったのですよね。王国のノスフィア教やリンプス教では、あまり薬は使いませんよね?」
「聖法術であれば迅速かつ確実に対処できますので、薬の出番はあまりありませんわね。聖法術士がいない時の応急手当ぐらいでしょうか」
「術士にお願いすれば少なくない費用がかかりますから。軽い症状や費用を抑えるために薬を使うことはよくありますが、その薬が礼拝堂に数多くあるのは違和感が……そう、違和感です。違和感の正体はこれだったのですね」
「どういうことですの?」
「王都にあった全ての礼拝堂には、少なくない薬が備蓄されていました。特に販売や配布はしていないようですし、なぜこれほどの量があるのかと不思議に思っていたのです。それが不測の事態に備えてのことなら不思議はないのですけど、どうやら礼拝堂で使われているようなのです。それも日常的に」
紙束をめくり該当する記述を見つけたメイプルは、それをマリーに見せる。
「清き水で二十五倍に希釈し噴霧する。さすれば、たちまち病魔が去るであろう。効果が認められぬ時は服用を試みるべし……とあります。それにこちらは、コップ一杯の水に数滴垂らして服用すべし。致死性のものでなければ、あらゆる毒にも効果が現れるであろう……」
「……? 私には滋養強壮に効く簡単な料理と書いてあるように見えますけれど」
マリーの指摘通り、普通に読めば料理の作り方なのだが……
「もちろん、これは暗号ですよ」
「これが……ですの?」
「はい。そもそも、こんな場所に料理のことが書いてあること自体が不自然なのです。だから他に何か理由があるのかと思い注意深く観察すると、所々に不自然な箇所があることに気付くと思います。それを……」
ほら、簡単でしょ? ……と言いたげに、早口で解説するメイプルだが、多少は暗号文の知識があるマリーでも、完全に理解するのは無理だった。
そもそも、こうも簡単に解かれてしまったと知れば、これを作った人が嘆き悲しむに違いない。
「メイプル。話のほうを進めて下さいな」
「あっ、そうですね。えっと……つまりですね、この説明書は司祭とか礼拝堂のエライ人が熟読した後に破棄されるのですけど、その内容はといえば、この薬の使い方なのです。それも、わざわざ暗号で」
メイプルは全てを説明したつもりなのだが、さすがにこれだけではマリーに通じない。
「薬瓶と一緒に、薬の使い方が記された説明書が添えられていることに、どのような疑問があるのでしょう?」
「えっと……。神様の奇跡が使えるのでしたら薬を使うことはありませんよね? 聖法術の効果を高めるために聖杯や聖水を使うと聞いてますが、それは触媒としてですし。怪我をした人も、薬でいいのなら治療院や薬屋に向かうと思います」
「礼拝堂が治療院を兼ねているではなくて?」
「聞き取り調査では、神様の奇跡で癒してもらったという話はあっても、薬で治療をしてもらったという話は全くなかったと聞いています。それに、この薬ですが、説明書に書かれたことに間違いがなければ、普通の薬では考えられないほどの高い性能を持っている、ということになります」
ようやくマリーも、この薬の異常さに気付く。
「これはただの薬ではなく、ギムナ皇国の特別製ということですわね?」
「それだけではありません。いくら薬学研究が発展したとしても、致死性以外の全ての毒を中和する薬なんてものは考えられません」
「では、偽りが記されていると?」
「いえ……」
メイプルはカバンの中から薬瓶をひとつ取り出し、光にかざして観察する。
「フィリー様のお話では、劣化を防ぐため瓶に特別な付与を行う……ということでしたよね? 恐らくこれがそうではないかと」
薬瓶を受け取ったマリーも、同じように注意深く観察する。
「言われてみれば……。微かにですが、魔導術に似た力を感じますわ。恐らく、このラベルの裏に刻印か何かがあるのでしょう……」
メイプルが何を言いたいのか、ようやく理解したのだろう。
ハッと顔を上げたマリーは、驚きの表情でこの小さき賢者を見つめる。
「もしやこれが、あの伝説のポーションだとでも?」
「いくつか種類があるようですし、全く同じものとは限りませんが、法術処理が施された秘薬に間違いないでしょう。説明書もありますから、あとは専門の研究員にお任せしましょう。でもその前に、王宮に報告をする必要がありますよね……」
再び驚きの表情を浮かべたマリーだが、ひとつ息を吐くと……
「……そう、ですわね。では、お預かりしますわ」
脱力した様子で微笑んだ。
「あっ、こんな雑用を頼んでは失礼ですね」
「いいえ、構いませんわ。もう私たちは姉妹なのですから。でも……、メイプルのことですから、てっきり自分で調べるなどと言い出すのかと思いましたのに……」
実のところ、精神収納に同じものがもうひとつ入っている。
メイプルは、それを使って独自に研究しようと思っていたので、何も言わずにニッコリと微笑みを返した。




