242 オース教の暗躍
「ど、どど、どういうことだ、ハルキよ!? いつ、イーヴァリエ様と知己を得たのだ!? 尋常ではない慕われようではないか!!」
狼狽したフェラルドは、その場でガックリと崩れ落ちた。
余りの驚きに身体から力が抜けたのだろう。
慌てて駆け寄ったハルキが、フェラルドを抱き起こす。
その様子を見つつ、メイプルはディアーナからの報告を受けていた。
メイプル自身、自分の知識に偏りがあることは知っている。だから、それを補おうと努力しているのだが、精霊術のことは……というか、法術に関しては分からないことだらけだった。
だから、すでにハルキが精霊術を会得しているということも分からなかったし、どうなれば会得したことになるのかも分からなかった。
そんなわけで、ハルキが失敗して召喚術が使えなくなった時のことを考えて、いろいろと準備を進めていたのだが、その必要がなくなった。
とはいえ、まだ何があるか分からないから、いざという時の備えは無駄じゃないはずだ。そう考え直したメイプルは、そのまま備えを進めることにした。
一番の問題は、ハルキの身の安全だ。
どれだけ護衛を強化しても、どれだけ警戒を強めていても、負傷する時はするものだ。
もしハルキが負傷すれば、治癒能力のあるディアーナの出番となる。それが無理ならガイゼルにお願いしたいところだけど、常に近くにいるとは限らないし、それを考えれば別の方法も用意しておきたい。
となると、イーヴァリエという治癒を司る大精霊の存在は、新たな光明のように感じる。力を貸してもらえるかは分からないけど、とにかく良好な関係を維持しておきたい。……とはいえ、確実性に欠ける。
薬なら確実だが、ほんの少し治癒能力を高めたり、殺菌効果があるって程度なので、軽傷でも数日は安静にする必要がある。
薬の作り方ならメイプルの知識にもあるけど、思い浮かぶ材料はこの地に無い物ばかり。知識を活かして研究し、この地の材料で作ってみるのもいいけど、完成させるには相応の時間がかかるだろう。
それに、たとえ出来上がったとしても、この地の薬よりも多少はマシってだけで、聖法術と比べたら気休め程度の性能でしかない。
ならば、雷聖フィリーが研究している『回復効果がある宝玉』に期待したいところだけど……、今のところ実現は難しそうだ。
そうなると、浴びせれば瞬時に傷が癒え、飲めば傷の治癒に加えて体力までもを回復させるというポーションを研究してみるのもいいかもしれない。
実のところ、ポーションの製造法ならメイプルの知識にもあるのだが、例によってこの地には無い材料ばかり。
それに、この地には無い技術で作られているので再現するのは難しい。そういうこともあって、検討することもなく可能性から除外していた。
だけど、昔とはいえ同じような物が存在していたのなら、その製造法を知ることでポーションを再現できるかもしれない。
ギムナ皇国は薬学研究の分野で大陸随一だと称えられているので、もしかしたらと期待しているけど、そうそう期待通りに情報が見つかるとは思っていない。
そんなわけで、どの回復手段も決定力に欠ける現状では、ハルキの身の安全を図るには護衛の質を上げるしかなさそうだ。
……いや、もうひとつある。明確になっている敵──サンクジェヌス帝国とギムナ皇国を無力化すれば、それだけでも危険は大きく減るはずだ。
ディアーナからの報告を受け取ったメイプルは、頭の中で状況を整理する。
結論から言えば、ギムナ皇国もまた、サンクジェヌス帝国と同様にオースフィア大陸の覇権を狙っていた。……暗躍するという形で。
オース教はその先兵にして実働部隊ということになる。
ギムナ皇国は大陸の中央部に位置し、その領土の大半は乾燥した荒野が占めている。岩と砂の世界に支配された、決して豊かとは言えない土地柄だ。
皇国の南東部に海辺まで続く過ごしやすい場所があるが、この地はサンクジェヌス帝国から独立した(解放された)時に、ゲイルターク王国から贈られたもの。今では食料生産や商活動の中心地になっており、皇国にとって欠かす事のできない土地になっている。
とはいえ、全体で見れば恵まれない土地であり、だからこそギムナ皇国はオース教を使って他国から富を奪うシステムを考え出したのだろう。
彼らの理論では、オース教こそが絶対正義の象徴であり、人の身である王様よりも尊重すべき存在らしい。
もちろん、そんなことを公言すれば他国で活動ができなくなるので、心の奥底に秘めているだけだが。
それだけにオース教徒にしてみれば、自分たちの行動は全て神の御心によるものであり、それを諫めることができるのは同じオース教徒のみ。他の者がオース教徒を非難することは神に刃を向けるも同然であり、決して許されないこと……ということになる。
さすが「異端者は奴隷堕ちだ」などと平然と公言する傲慢な国が作った宗教だが、そんな理論などキュリスベル王国で通用するはずがない。
そのオース教だが、密かに帝国と通じているのは確認済みだけど、その理由はといえば、正義を掲げる宗教国家にあるまじき野心と欲望にまみれた醜悪なものだった。
簡単に言えば、帝国に大陸制覇を成し遂げさせ、破壊と殺戮と恐怖が吹き荒れた後にオース教徒が一斉蜂起して、帝国を打倒するというもの。
つまり、帝国には憎まれ役を演じてもらい、その陰でオース教は、戦争に苦しむ民の救済で人気を得て、いよいよとなれば帝国を打倒して名声を得る。そういう魂胆だった。
オース教が支配する領土は、ギムナ皇国のものとなる。だが、もし失敗しても、オース教の内部で粛清という名の尻尾切りが行われるだけだろう。
ちなみにオース教は、他の国でも大活躍……いや、大暗躍しているらしい。
ギムナ皇国の先兵であるオース教徒は、各国で諜報活動を行っているだけでなく、様々な犯罪にも手を染めている。
そのひとつが、信徒の洗脳だ。
礼拝堂に信徒を集め、怪しげな薬を使って立派な先兵に仕立て上げるのだ。
ただし、奴隷売買や人さらい、強盗や詐欺などの犯罪行為には直接加担せず、別の組織にやらせている。
キュリスベル王国では、組織による犯罪活動はサンクジェヌス帝国が担い、オース教はそのサポートをする形になっていた。
フレスデン王国では依存性のある薬物を販売して蔓延させているようだ。
報告をまとめると、こうして相手国の秩序を乱しつつ、莫大な利益を得ているギムナ皇国の実態が見えてきた。
……とはいえ、これを各国に伝えたところで、オース教の排除を決断させるには弱いだろう。もう少し何か、決定的なモノが欲しいところだ。
何にしても、まだ情報が全然足りない。そう思ったメイプルは、引き続きディアーナに、ギムナ皇国とオース教のことを探ってもらうことにした。
フェラルド、ハルキ、シェラ、白兎獣人の四人は、どうやら精霊術談議に花を咲かせているようだ。
罪悪感に苛まれていたサクヤもようやく立ち直ったようで、メイプルは小さな胸を撫で下ろす。
他の者たちはテーブルを囲んで談笑し、ロアが給仕を続けている。
その様子を確認したメイプルは、精神収納経由でディアーナから送られてきた、見覚えのある硬質のカバンを取り出した。




