241 慈悲深き光の聖女のお友達
メイプルから許可が出たものの、効果の有無をどうやって見極めればいいのか、それが難しい。
クロエやディアーナならば、見ていれば何となく分かるけど、サクヤの場合はどうなるのか予想もできない。
とはいえ、やってみるしかないわけで……
「……よしっ! サクヤ、ちょっと俺の力を送ってみるけど、いいか?」
「ええ、構いませんわ……ぴょん☆」
「おお、すまん。ピョンコだったな」
白兎獣人の姿をしているからだろう。律儀に語尾を付けてくるサクヤに苦笑しつつ、彼女が広い場所に移動したのを確認してから、準備が整ったと視線でメイプルに合図を送る。すると、すぐに指示が送られてきた。
「では、お兄さま。ピョンコちゃんに瞬間強化、五の準備をお願いします。カウント、五、四、三、二、一、ハイ!」
どうなるか分からない実験だけに、俺も相当に緊張していたけど、メイプルの指示には本能的に従ってしまう。
まあ、念話じゃなくて言葉で指示されるのは、少し変な気分だけど……
そのおかげで、強化の意思を込めた力を、ためらいなくサクヤに送り込むことができた。
瞬間強化と言われたけど、ひとカウント程度の余裕を持って強化を終える。
「どうだ、ピョンコ。何か調子が悪くなったり、気分が変になったりしてないか?」
「……そうですわね。一瞬だけ温かいモノが全身に流れ込んでくる感じがあった……ような気がするぴょん☆ それに、なんだか高揚感があるような。今もまだ……、少しドキドキしてるぴょん☆」
「……ん? それって、大丈夫なのか?」
何度も強化を施してきたけど、強化を受けた相手がどういう風に感じ取っているのかまでは考えたことがなかった。ただ単に、動きが良くなったり、すごい技を使ったりしてるなーって思う程度だ。
だから、それが正しい反応なのか、俺には判断ができない。
なので、シアとメイプルに視線で助けを求める。けど、二人の表情を見るに、特に心配するようなことはなさそうだ。
「お兄さま。次はピョンコちゃんに、継続強化五の準備をお願いします。それではカウントしますね。カウント、五、四、三、二、一、ハイ!」
力が流れ込んでくるのを感じ取っているのだろう。
サクヤは少し不思議そうに自分の身体や手のひらなどを見つめると、何かの武術の型なのか、身体を動かし始めた。
「おお、これは……」
感嘆の声を上げたのはフェラルド様だ。何を見ているのか、何もない空間に視線を巡らせている。
俺も目を凝らしてみると、サクヤの身体が少し輝いているのが見えた。その周りに、引き寄せられるように光の点が集まってきている。
何だか白っぽい、明るい精霊が多いようだ。
「これは……光の精霊でしょうか?」
「ふむ、そのようだな。もしや、これならば……」
俺の問いにうなずいたフェラルド様は、サクヤに指示を出す。
「サクヤ……いやピョンコよ。光の精霊に呼びかけるが良い。そうだな、イーヴァリエ様がよかろう」
「わかったぴょん☆」
サクヤは目を閉じ、身体の力を抜くように大きく呼吸を繰り返してから、ゆっくりと目を開ける。スッと手のひらを光の精霊が集まる場所へと向けると……
「慈悲深き光の聖女イーヴァリエよ、我が前に姿を現わせ……」
空気に溶け込むような、だがハッキリと耳に届く言葉の旋律を奏でた。
それに反応し、白っぽい光点が一カ所に集まって姿を形作っていく。
驚きと期待の入り混じった表情のフェラルド様が、歓喜の声を上げた。
「おお、これはまさに……」
「たしかにこれは……光の聖女様だな……」
無意識のうちに、俺もポツリと呟きを漏らした。
精霊のことをほとんど知らない俺でも、現れた精霊が相当な力を秘めているってことぐらいは分かる。
サイズは俺の三分の一程度だけど、その見た目は光の聖女様という言葉が良く似合っていた。
半透明の姿で浮いていて強い力を感じるのだが、危険な感じはしない。それどころか、安心感というのか、鎮静効果があるのか自分がやけに冷静になっているのを感じる。
……いや、訂正しよう。フェラルド様は大興奮だ。
「フェラルド様、こちらは……?」
「ああ。彼女こそが光の大精霊、慈悲深き光の聖女と称されるイーヴァリエ様だ。よもや、本当にお目にかかれるとは思わなんだ……」
いやいや、あなたが呼び出させたんでしょ? ……とは、さすがに言えない。
まるで少年のように目を輝かせ、興奮に頬を紅潮させて喜ぶ姿を見せられては、フェラルド様の気分に水を差すようなことは言えない。
大精霊ってことは上位精霊なのだろう。上位精霊でこの調子なら、もし精霊王なんてものが現れたら、フェラルド様は一体どうなってしまうのか……少し興味がある。
いや、それよりも……
「ピョンコが上位精霊を?」
「うむ。しかも、光の上位精霊……、イーヴァリエ様といえば治癒を司る大精霊だから、その縁は大切にすると良いぞ」
縁を大切にすると言われても、どうすればいいのか分からない。
「契約すればいいんでしょうか……。それとも、フェラルド様がしますか?」
正直に言えば、俺は「大精霊」という肩書に腰が引けてしまっている。
俺が契約したところで、良い関係が築けるか自信がない。それならば、精霊のことをよく知るフェラルド様こそが、契約するのに相応しいのではないかと思ったけど……
「残念だが、ワシにその資格はない。彼女がこの場に現れたのは、ピョンコの霊力、ひいてはおぬしの霊力に導かれてのことだからな」
「ええ、ええ、その通りですのよ。ワタクシは、貴方様に会いにきたのです」
「俺に……ですか?」
何かの間違いかと思ったけど、大精霊が見つめているのは俺だ。
「ええ。貴方の力は、あのお方によく似ておられます。ですから、以前から気になっておりましたのよ」
「あのお方……?」
「そういえば、契約についてなのですけれど……」
「えっ? ……あっ、はい」
「契約などという無粋なものはやめておきましょう。我々は貴方のお友達なのですから、貴方やそちらの愛らしい姫様のお願いでしたら、何でも協力させていただきますわ」
フェラルド様の話では、精霊は強大な力を秘めた存在で、決して怒らせてはならない、慎重に対応すべき相手だと聞いている。
相手と友達になるのが理想だとも。
実際、精霊術士が精霊を怒らせて火だるまになったところを目撃しただけに、フェラルド様の認識は正しいものなんだろうけど……
俺の認識では、フェラルド様が呼び出した水の精霊や、シェラが契約している風の精霊ぐらいしか知らないからか、精霊は気さくで親しみやすい相手だと思っている。
とはいえ、相手は大精霊だ。精霊が本来持っている超常的な畏れのようなものがあるかと思ったけど、このイーヴァリエという精霊にも親しみを感じる。
「それは、すごく助かります。でしたら、もし精霊たちに困ったことがあれば、俺たちが協力しますね。まあ……俺たちに何ができるか分かりませんけど」
「ええ、頼りにさせて頂きますわ。……では、これはお近付きの印ということで」
宙を舞って近付いた光の大精霊イーヴァリエは、俺の頬にキスをすると……
「どうぞ今後は、イヴと呼んでくださいね」
笑顔を浮かべて姿を消した。




