239 暴露の連鎖
今度はフェラルド様が、ガタンと音を立てて立ち上がった。
「な、なんとっ!? ハルキ……。ぬしがあの……マスターブラックだと!?」
「あっ……」
そういえば、このことはフェラルド様にも伝えてなかった……気がする。
人に言えない秘密が多すぎるってのもあるけど、自分の迂闊さにうんざりする。
それよりも今は、メイプルだ。
「と、とりあえず、メイプルに来てもらいますね」
みんなから少し離れ、念話で合図を送る。と……
目の前の空間から淡い光が放たれ、淡い緑色の兜と軽装鎧姿の少女が現れた。空気を孕んだ薄衣がフワリと広がり、軽やかに着地する様子は、まるで妖精のようだ。
これを見て確信する。
たぶんメイリア……もしくは風精霊あたりが、今の状況をメイプルに伝えたのだろう。それを受けて、召喚人グリーンの姿のまま現れたのだから、この場で正体を明かすつもりなのだ。
その証拠に、おもむろに兜を外して素顔を晒した。
肩口で切り揃えられたクリーム色の髪が解放され、フワリと広がる。
その横に立ったシアも、髪色に似た水色の軽装鎧を道具生成して装着し、召喚人シアンとなって優雅にお辞儀をする。
さらに白兎獣人も、兜を外した召喚人ホワイトになってシアの隣に並んだ。
ここにクロエが居ないのは少し残念だけど、子供っぽさを残した三人がこの姿で集まると、別世界のような華やかさに彩られる。
マリーたちからも、うっとりとした優しいため息が漏れている。
「まあ……、こういうわけです」
俺は幽霊のように服を変えたり、シアのように道具生成できないので、精神収納から取り出した漆黒のマントをつけて、漆黒の兜を腕で抱えて振り返った。
精神収納を利用した瞬間早着替えに成功したメイプルは、見事な外出着になって、フェラルド様とロアに俺たちのことを説明し始めた。
瞬間早着替えとは、着ている服を精神収納に放り込むと同時に、取り出した服を装着するという技だ。
いやまあ、俺も特訓すれば可能らしいけど、繊細な制御が必要な上に、そこまでしなければならない理由はない。……できれば便利だとは思うけど。
ちなみに失敗すれば、かなりみっともないことになる。最悪、その場で全裸になったりするので、他人の前では……っていうか、そんな危険なことにあえて挑戦する必要はない。
メイプルの場合は、普通に着替えるよりも、こちらのほうが手軽で確実なのだろう。……たぶん。
全てを聞き終えたフェラルド様は、感心したようにため息を吐く。
「うむ、なるほどな。それで、あの記事だったというわけか」
どうやらフェラルド様も、俺とマスターブラックが握手をしている新聞記事を見ていたようだ。
元の服装に戻った俺たちは、その言葉に大きくうなずく。
「このことは他言無用でお願いします」
「無論、分かっておるよ。それにしても、まさかハルキがそれほどの剛の者とは思わなかったぞ。ワシの目に狂いはなかったということだな」
……と言われても、あの時マスターブラックだったのはディアーナだったわけだし、俺の身体能力はシアが道具生成した腕輪や武器の特殊効果で底上げされたものだったりするので、その評価は身に余る。
「ロアンナをおぬしに託そうと思ったのは、消えゆく我が命を鑑みて何かしてやれることはないかと急いた結果であったが、これもある意味、女神の思し召しであったのやもしれぬな」
「まだ安心するのは早いですよ。答え合わせはずっと先ですから」
「そのような答えを返すハルキだからこそ、安心して託せるのだよ。おぬしは正解を探し続けるのであろう?」
「もちろん、努力はしますよ」
ここで「任せてください」とか「安心してください」とか言い切ってしまえば相手も喜んでくれるんだろうけど、俺にそんな自信はない。
なんせ、己の無力さは、俺自身が良く知っている。なんとかここまで乗り切ってこられたのは、優秀な妹たちのおかげだ。
とはいえ、ロアやカルミ家の人たちだけでなく、俺たちに良くしてくれている人には幸せになって欲しいし、俺にできることがあるなら頑張りたいと思っている。
……だから、この決断は、俺にとっても大きな賭けだった。
今日は、俺の後ろ盾になってくれたカルミ家とニーバス家に、婚礼の儀が無事に終わったことを報告し、お礼を伝えるための訪問だった。
なのに、ニーバス家には……というか、雷聖フィリー様には、アミュレットで再び命を救ってもらった(と思われる)ばかりか、新たな宝玉まで頂いてしまった。
それにフェラルド様には、すでにサクヤやシェラがお世話になっているのに加えて、新たなお願い事をすることになる。
俺に隠し事が多いせいで、何だか遠回りしてしまったけど、これでようやく話を切り出すことができそうだ。
大きく深呼吸をし、心を鎮めてから再びフェラルド様にお願いをする。
「それで、先ほどサクヤが言いかけたお話しの件ですけど……」
「ん? おお、そういえば、何か言いかけておったな」
「はい。フェラルド様に、ひとつお願いがありまして。サクヤの能力を最大限に引き出せるよう、私に精霊術をご教授頂けないでしょうか?」
「ふむ、なるほどな……」
そう言ったきり腕を組んで考え込み始めたフェラルド様を、俺は固唾を呑んで見守り続ける。
やはり何か問題があるようで、天井を見上げたり、机の上に視線を落としたりして難しい顔をしている。
たぶん、この沈黙が答えなのだろう。
俺が召喚術を失えば、ただの役立たずに成り下がってしまう。
今まで受けていた恩恵を失えば、恐らく王都から自力で領地へ戻ることも困難になるだろう。領主としてやっていけるのかも怪しくなる。
当然、キッシュモンド商会もどうなるか分からない。
それを思えば、無謀なことはするなと止めたくなるのも当然だろう。
だけど、この場にメイプルがいるのだから、妹たちも覚悟してのことだと理解できるはずだ。だからこそ、返答に困っている……といったところか。
気まずい上に重苦しい空気の中、俺はフェラルド様の決断を待ち続けた。




