238 信頼の証
決して派手ではなかったけど、それなりに騒々しい音が鳴り響き、みんなが一斉にそちらへと顔を向ける。
呆然……いや、驚きの表情を浮かべて固まっていたロアを見て、みんなも驚きの表情を浮かべる。
俺も驚いた。いつも完璧な対応をしていたロアが、こんな粗相を働くとは思わなかった。なので、何か余程のことがあったのかと心配になる。
「ロア、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「えっ? ……あっ、ハルキ様。し、失礼いたしました。すぐに片付けます」
不思議に思いながらもロアを観察するが、見たところ怪我をしている様子はない。……けど、どこか動きがぎこちないし、こちらを気にしているようだ。
それを見とがめたフェラルド様が、幾分か厳しめの声を上げる。
「ロアンナよ、どうしたのだ?」
「し、失礼いたしました、お爺様」
問い詰められたロアは、手早く片付けを終わらせて表情を引き締めると、フェラルド様に向かって頭を下げる。
「謝罪を求めているわけではない。理由を聞いておるのだ」
それは俺も知りたいけど、出来れば穏便に済ませてあげて欲しいと願う。
祖父と孫の間に割って入るのは失礼だけど、ロアは俺の使用人で許嫁だ。いよいよとなれば割って入る覚悟を決めつつ様子を見る。
「その……私の見間違いかもしれませんが……、その、今、うさぎさんがサクヤ様になったように見えましたので、つい驚いてしまいました」
「あっ……」
そういや、ロアには説明してなかったような気がする。
婚約した時点で、ロアもメイリアたちと同じように思ってたけど、よくよく考えれば、まだ妹たちの真実を伝えていなかった……と思う。
フェラルド様には知られていることもあって、完全に油断していた。
サクヤも、しまった……って表情を浮かべている。
これは完全に俺の落ち度だ。
「フェラルド様、申しわけございません。まだロアには、サクヤや妹たちのことを伝えてませんでした。なので、この責は私にあります」
立ち上がった俺は、ロアの隣で一緒に頭を下げる。
この振る舞いが正しいのかは分からないけど、俺のせいでロアが責を負うのは申しわけないし、違う気がする。
こんなことを言ってもイイワケにしかならいけど、俺の回りには少し変わった人たちが多いだけに、こんな反応をされるとは思わなかった。
だけど、これが一般的な反応なんだろう……とも思う。
「これを機に、ロアにも伝えようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「そうであったか。うむ、任せる」
いずれは話そうと思ってたことだけど、いざとなるとどう話せばいいか迷ってしまう。それに、これを聞いてロアがどう思うのか、それが心配だ。
だけど、いい機会なのは間違いないし、これを信頼の証にしたい……とも思う。
だからといって、もしロアとの婚約が解消になっても……ロアが俺から離れるという決断を下しても、寂しいけど仕方がないと割り切るしかない。
あまり驚かせても悪いので、できるだけ刺激しないようにと考えながら、話す順番を頭の中で組み立てていく。
まずは……
「サクヤ」
「わかりましたわ」
このやりとりと身振りだけで、サクヤは俺の方へと駆け寄りながらジャンプして、空中で白兎に姿を変えた。
それを受け止めた俺は、そっとロアに渡す。
「えっと、ロアさん。その、俺が召喚術士なのは知ってると思うけど、精霊とも契約ができるみたいで……その契約した精霊がサクヤです」
後ろめたさのせいか、ついつい丁寧な言葉遣いになってしまった。
それを見てクスリと笑った白兎は、その姿のまま改めて自己紹介を始める。
「ロアさん、驚かせてごめんなさい。私は、ハルキの末の妹ってことになっておりますけれど、ハルキと契約した精霊なのです」
それを見てようやく見間違えではなかったと確信したのだろう。白兎を顔の高さまで持ち上げたロアは、その目をしっかりと見つめながら話しかける。
「ウサギの……精霊さん?」
「いいえ、ウサギさんの姿になることができる、元は人間だった精霊ですわ」
「……本当に、サクヤ様……なのですね?」
「ええ。隠していてごめんなさい。ほかにも……」
腕の中から飛び降りたサクヤは、空中で白兎獣人姿になって床に着地した。
「この姿でハルキのお手伝いをしておりますのよ」
「召喚された獣人? ピョンコ様が……サクヤ様?」
白兎がサクヤだって分かったら、白兎獣人もサクヤだって気付きそうなものだけど、驚きの連続で思考が追いついていないのだろう。
……いやまあ、その気持ちはよく分かる。
でも、俺と一緒にするのは失礼か。なんせロアは、白兎獣人を見る機会が滅多にないだけに、すぐに思い至らなくても仕方がない。
「ロアさん。ディッケスで俺と最初に会った時のことを覚えてますか?」
「……!! はい、あの節はとんだご無礼をしてしまいました」
「いえいえ、むしろ俺のほうが謝らなければなりません」
「………えっと、それはどういうことでしょう」
目を閉じた俺は、大きく深呼吸をして覚悟を決める。
「ロアさん。実は俺に血のつながった妹はいません」
「えっ、でも……」
その視線の先にはシアがいる。
どうやらロアには、シアが俺の本当の妹のように見えていたのだろう。
俺はゆっくりと首を横に振る。
「妹はひとりもいません。シアも……サクヤ以外の六人は全員、俺が召喚した召喚体なんです」
「えっ、全員!?」
「はい。メイプル、サンディー、シア、クロエ、ディアーナ、ミア……全員、俺が召喚しました。そして、サクヤは精霊として契約をしています」
「そう……なのですね」
この様子では、主である俺の言葉だから肯定したってだけで、まだ心の中では疑っているのだろう。
だけど、まずは、言うべきことを全て伝えることにする。
「……それと、王都を騒がせていた漆黒の召喚術士マスターブラックという特命官がいたと思いますけど、その正体は俺で、その召喚人の正体はシアたちです」
そう言って、取り出した個人認証カードを見せる。
そこには、国王直属特別任命官、宮廷召喚術士、漆黒の召喚術士マスターブラックの文字が並ぶ。
せっかくメイプルが、俺とマスターブラックが別人だって思われるように様々な手を尽くしてくれたのに、それをわざわざ自分でバラすってのは抵抗がある。だけど、この際だから全部知ってもらったほうがいいだろう。
それを信じてもらうには、このカードの文字に頼るしかないという心許ない状況だけど、かといって、これ以上どうすればいいのか俺には分からない。
いや、ひとつだけ手はある。この場であの衣装に着替えれば……
だけど、さすがにアレは恥ずかし過ぎるし、目の前で着替えるのは拷問に等しい。できれば他の方法でお願いしたい。
そんな風に悩んでいると、救いの女神から念話が飛んできた。
『お兄さま。学院での作業が終わりましたので、そちらに跳躍しますね』
あまりにもタイミングが良すぎるメイプルの連絡に、ついシアとサクヤに視線をやる。……けど、「どうしたの?」って感じで見つめ返されてしまった。
その視界の片隅で、魔女姿のメイリアが俺に向かって親指を立てて、いい笑顔でウインクを飛ばしてくるのが見えた。




