カメレオンカルアが現れた
グラウンドではあらかたの生徒が避難を完了していたが、逃げ遅れた生徒たちの前に異形の怪物が立ちふさがっていた。後者脇で様子を窺っていた渚先輩たちに合流し、怪物を観察する。
ぐるりと三百六十度に回転できる目玉。緑色の気色悪い柔肌に、渦巻状の尻尾。細長い舌を垂らし、前傾姿勢でだらしなく前脚を揺らしている。
「俺の名はカメレオンカルア。ダイカルアのために恐怖を捧げるがいい」
ウルルの話だと、街中で出現したこいつは人が多い場所を探している内に、この中学にまでたどり着いたという。まじめに恐怖心を集めようとしているあたり、おふざけなしの怪物である可能性が高い。
「このグラウンドにはあまり人がいないようだが、校舎の中に隠れているというのは知っているぞ。さっさと襲ってもいいが、まずはここにいるガキどもを脅すとするか。目の前で襲っている様を見せつければ勝手に絶望してくれるだろう」
まずい、本当に非道な怪物だ。あまりの威圧に耐え切れなかったのか、男子生徒が校舎内へと逃げ込もうとする。
「逃がすかよ。蠢く饒舌よ! 茨の如き熾烈を与えよ! 口舌尽難」
カメレオンカルアが大口を開けると、細長い舌がうねりながら進撃していった。予想通り、メインウエポンは長い舌か。
舌によってぐるぐる巻きにされる。そう予想していたが、舌は男子生徒の周囲を浮遊するばかりで、一向に絡まろうとしない。行く手を遮るだけであれば、気色悪い物体が飛んでいるだけで役目を果たしている。だが、通せん坊するためだけに魔法を使うなんて不自然だ。カラクリがあるに違いない。
しばらく生徒の周りを漂っていた舌であったが、やがてすんなり主の元に戻っていく。結局攻撃しないまま。ハッタリでも仕掛けたのか。
いや、舌に取りつかれた生徒はうなだれている。まるでこの世の地獄に対面したかのような狼狽ぶりだ。あの一瞬で何をしたというのか。
正体不明の魔法を披露され、さすがに及び足になっていた。その上、追い打ちをかけるかのように、カメレオンカルアと対峙している生徒の中にとんでもない存在を発見してしまったのだ。
しきりにポケットの中に手を突っ込みながら、カメレオンカルアを睨みつける小柄の少女。華怜だ。先行してグラウンドに飛び出した彼女は、運悪く変身する前に怪物と鉢合わせしてしまったようだ。
ギャラリーが多すぎてルビーには変身できない。戦えるのに戦えないとは彼女にとってこれほど辛いことはなかろう。
「いつまでも待機しているわけにはいかないよね。さっさと変身しようよ」
「みんな怪物に注目している。さっさと変身すればバレない」
「お姉さんも同意見ね。まったく、レンちゃんは世話が焼けるんだから」
渚先輩たち三人は変身の宝石を取り出す。そして、変身の呪文を唱えようとする。まさにその時であった。
「俺の生徒に手を出すな!」
地獄の底からやってきた正義の使者めいたことを言い放ち、体育のジャージ姿の青年が割り込んできた。貴公子然とした顔立ちといい間違いない。
「潘先生。何やってんだよ」
正体がアレだけど、何やってんだよには変わりない。しゃしゃり出てどうするつもりなんだ。
「なんだてめえは」
「通りすがりの先生だ。おめえら、覚悟しとけ」
おめえらって相手は一体しかいませんよ。極道の先生にでもなったつもりだろうか。
これでも救世主と捉えられているらしく、拍手喝さいが沸き起こる。声援に応えるように潘先生はファイティングポーズでカメレオンカルアを挑発する。運動神経の高さは証明済みではあるが、怪物相手に通用するとは限らない。いや、ただの人間がダイカルアと渡り合えるわけがないのだ。よもや、その事実を承知していないわけではあるまい。
「先公が粋がりやがって。いいだろう、てめえは力づくで倒してやる」
やはりメインウエポンは舌のようだ。自らの手足の如く、自由自在に操っている。魔法を発動していないということは、直接相手に叩き付けるつもりだろう。
カメレオンカルアの牽制にも怯まず、潘先生は突進していく。本当に直接攻撃で勝負を決める気だ。間合いを詰め、渾身のパンチを繰り出そうとする。
「喰らうがいい。俺の必殺パーン……」
「オラァ!」
拳が到達するより前に、カメレオンカルアの舌がクリーンヒットした。放物線を描いて長身が吹っ飛ばされてしまう。ダメじゃん。イチコロじゃん。
「やるな。だが、勝負はこれから……」
「黙ってろ、先公!」
捨てセリフを吐く暇も与えず、カメレオンカルアの追撃が入る。ギャグマンガでしか見たことがない吹っ飛び方で潘先生は退場していく。やはり生身の人間が刃向うには無理があったか。
「あの先生には任せておけないよ。すばるん、ぼくらで怪物を退治するよ」
「承知」
我慢の限界が訪れたのか、蘭子と昴は宝石を構える。
「ちょっと、お姉さんも忘れないでね」
遅れじと渚先輩も宝石を取り出し、二人に並ぶ。三つの宝石が呼応し、溢れんばかりの光が発せられた。
「アーネストレリーズ!」
変身呪文とともに、三人の全身が光に包まれる。直視するのも憚られ、ボクは咄嗟に顔を背ける。
「ミラクルジュエリーサファイア」
「エメラルド」
「トパーズ」
ひときわ強い三色の光に、カメレオンカルアと対峙している生徒たちも察し始める。変身時間は一秒にも満たない。察知した時にはすでに三人は魔法少女へと変身を果たしていた。
「ようやく魔法少女のお出ましか。待ちくたびれたぜ」
「彼の者曰く、ヒーローはいい場面で現れるってね。傍若無人! 我、尊大なる威光の戦士! ヴァルサファイア!」
「お前なんか速攻で倒しちゃうから、覚悟するんだぞ。疾風怒濤! 我、奔放たる自由の戦士! ヴァルエメラルド!」
「早く腹ごしらえしたい。質実剛健! 我、重厚たる創造の戦士! ヴァルトパーズ!」
三者三様の決め台詞を口にし、カメレオンカルアに見栄を切る。魔法少女が三人も並び立ったことで、今度こそやんややんやの喝采が沸き起こった。




