潘先生の実力
準備運動を始める潘先生の姿に、ボクたち男性陣もつい足を止めてしまう。保健専門家とかうそぶいていたけれども、体育を担当する以上、体力には自信があるはずだ。
バーの高さは先ほど華怜がクリアしたのと同じ。「あいつを跳ぶのは男子でも難しい」と陸上部のクラスメイトが嘆いていた。小学校低学年くらいだったら歩いて下をくぐれそうだもんな。
勢いよく助走し、そのまま踏み切る。跳び上がった途端、自然と歓声が巻き起こった。ただ、この後のお約束展開としては、派手にバーに激突が関の山。あいつの正体が正体だけに同情すら覚える。
ところが、潘先生は余裕すら残してバーを通過。おまけに、マットの上に直立し、両手を広げてポーズまで決めている。教科書のお手本になれるぐらいの見事な演技。女性陣だけならず、男性陣からも拍手が巻き起こった。
ちょっと待ってよ。普通に運動ができるイケメン教師じゃないか。あいつ、そういうキャラじゃないでしょ。
「潘先生すごい」
「ねえ、私にも教えて」
「ちょっと、私が先よ」
女子生徒に囲まれてもはやハーレム状態だった。分かってるんだからな。外面では照れているけど、内心ではほくそ笑んでいるということを。
「あ、あの……」
群がる女生徒たちから遠巻きになっていた華怜がおずおずと声をかける。彼女らしくもなく塩らしい態度だ。
「すごいですね。どうやったらうまく跳べるんですか」
「このくらい簡単だ。コツさえつかめば誰にだって跳べる。特に、君はセンスがいいからすぐにマスターできるだろうな」
頭を撫でられ、華怜は赤面している。ちょっと、こいつ誰だよ。あいつが正体なんだよね。でも、普段と全く言動が一致しないぞ。
それに、華怜がはにかんでいるのを目の当たりにすると、なんだか胸がムカムカしてきた。華怜ってミーハーな一面があるけど、よりによってあいつに惚れなくても。
「おーい、男ども。ランニングをサボってるんじゃないぞ。罰として周回増やしてもいいんだからな」
激を飛ばされ、しぶしぶランニングに戻る。ただ、あまりにも見事な演技を見せつけられたせいで、不平を漏らす者はいなかった。変に看過ぐったせいで、妙な偏見を持ったのがいけなかったのかな。走っている間、ボクの気分が払拭されることはなかった。
その放課後のことである。剣道部の練習を早々に切り上げたのか、華怜はボランティア部の部室に訪れていた。
「ねえ、レンちゃんに何かあったの」
渚先輩が心配そうに彼女を指差す。無理もない。華怜は到着するやいなや、机の上に半身を預けて突っ伏しているのだ。新種のアザラシかな。なんて、冗談をかましている場合ではないか。
「こらー、カードゲームの特訓やるのに邪魔だからどいてよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「机は壊せば減る。だから減るもん」
昴さん、それは屁理屈というやつでは。ともあれ、デュエウィザができないせいで蘭子はご立腹だった。完全に腑抜けてしまうなんて、彼女らしくもない。
事情が分からず困惑する女性陣に、ボクは潘先生のことを話した。運動能力抜群のイケメン男子教師ということで、初めは興味津々であった。しかし、察しの良い昴が、
「でも、どう考えてもあいつ」
と、現実に戻したことで蘭子と渚先輩も急激に熱が冷める。どうしたものか。華怜にも真実を伝えた方がいいのかな。
「むしろ、このまま正体を隠しておくってのもいいんじゃない」
「面倒くさいことにならない」
「すでに面倒なことになってるから変わらないわよ」
いたずらを思いついたガキのような顔をして、渚先輩と蘭子がほくそ笑みあう。嗜虐性という点では二人は意気投合できるみたいだな。ずっと同席させておくと大変なことになりそうだけど。
さっそくちょっかいを出すつもりか、蘭子は華怜に話しかける。
「ねえねえ華怜。いいことでもあった」
「唐突にどうしたのよ。おだてたってなにも出ないわよ」
普段の彼女らしくない猫なで声だ。遊び半分だった蘭子は怖気づいている。しかし、このくらいで引き下がる蘭子ではなかった。咳払いすると口角をあげ、そっと囁いた。
「もしかして、イケメン先生が来たとか」
華怜が椅子から崩れ落ちた。パンツが見えそうになったのは指摘しないでおこう。
笑いをこらえつつも、蘭子は追撃をかける。
「えっと、なんていったかしら。潘先生だっけ。すごいイケメンらしいわね」
「へえ、会ってみたい」
昴も同調して囃し立てる。棒読みだから本気で嘲笑しているかどうかは計り知れないが。
「いいわね、二年生は。お姉さんのクラスにもやってこないかしら。そしたら、私の色気で落としてあげるのに」
「先生は先輩ごときには落ちないわよ」
むきになって反論する。先輩の眉根がピクリと動いた。落ちないというのはある意味正しいかもしれない。身内に欲情するほど肉食ではないと信じたいし。
「すごいバカにされている気がするけど、先生の凄さが分からないからおちょくっていられるのよ。先生は本当にすごいんだから。走り方にせよ踏み切りにせよ、私たちとは違う次元にいたわ」
運動の事ばかりじゃないか。潘先生とは体育でしかまだ繋がりが無いから仕方ないけどさ。
「後で惚れたって遅いんだからね。先生を落とすのはこの私なんだから」
机に掌を叩きつけると、鼻息荒く教室を去って行ってしまった。残されたボクらは顔を見合わせて肩をすくめた。ダメだ、早くどうにかしないと彼女が大変なことになる。でも、治療法がてんで思いつかない。
「まあ、熱が冷めるまで待つしかないんじゃない」
渚先輩は既に諦めてしまっている。対処法としてはそれしかないだろうけど、放置しておくこともできない。
うろたえながらも追尾しようとすると、足元で何かとぶつかる。「キャン」という音をたてると、そいつは抗議の唸り声をあげた。
「いきなりぶつかってきて危ないル。前方不注意だル」
「やーん、ウルルちゃんじゃない。いらっしゃい」
子犬に対して猫なで声ってどうなの。あ、犬じゃなくて狼だったか。
「学校まで訪ねてくるなんて、用事でもあるの」
「あるから来たんだル。あれ、バンティーは来ていないのかル」
「来ているようで来ていないんだよね」
まさか人間になっているなんて予想だにしないだろう。首をかしげていたウルルだったが、本来の目的を思い出したか前屈みになった。
「大変だル。この近くでダイカルアの怪物が出現したんだル。しかも、まっすぐこっちに向かってきているんだル」
「なんだって」
ボクたちは唱和した。よりによってこんな面倒くさい時にダイカルアかよ。グラウンドを覗くと、接近しているという情報が伝播しているのか、運動部の生徒たちが避難を開始していた。
ボクらも避難したいところだが、真逆の考えを持つ人が三人もいる。
「わざわざぼくたちの学校を襲おうだなんて、命知らずもいいところだよ。返り討ちにしちゃおう」
「同意。さっさと片付ける」
「彼の者曰く、不用意に敵の本拠地に踏み入ると逆襲されるってね」
やる気十分の三人娘はさっそくグラウンドへと向かっていく。下手に止めると面倒なことになりそうだな。ダイカルアも気になるけど、もう一つの懸念事項は華怜だ。変身できる彼女が後れを取ることはないだろうけど、万が一ということも有り得る。早く探し出して、ダイカルアの怪物が出たということを伝えなくちゃ。




