ラブラブ大福争奪戦決着
脱出した先は国道沿いの大通りだった。どこだ、ここ。元から知らない町に来ているわけだから、どこだもくそもないけど。
「昴、道を間違えたってことないよね」
「そんなはずはない。ショートカットを使ったから和菓子屋の近くのはず」
その自信はどこから来るんだ。壁によじ登ってゴミにダイブしたうえ、道を間違えましたなんて泣きっ面にオオスズメバチだぞ。
しかし、落胆する必要はなかったようだ。
「お前、いつの間にこんなところに」
後方から驚愕する声が聞こえる。振り返った先にいたのは、酸欠の金魚よろしく開口している比呂麿だった。
「近道大作戦成功」
ブイサインをする昴。正規ルートを全力疾走してきた大学生より先行できるって裏技恐るべし。
ひとしきり誇った後、昴はまっしぐらに和菓子屋へと駆けだした。遅れじとボクも続き、我に返った比呂麿も追走を開始する。
走力差までは埋められなかったのか、徐々に距離を詰められていく。とはいえ、目的地は目と鼻の先であった。すでにカップルらしきペアが何組か列を作っていたので、ここで間違いないだろう。先に並んでしまえば横入りはできなくなる。正真正銘のラストスパートだ。
「ラブラブ大福は俺のものだ」
「渡さない」
パートナーそっちのけで火花を飛ばしあう両者。むしろ、この二人でカップルを組めば問題なかったんじゃないか。店を前にした現状では後の祭りだけど。
半ば引きずられるようにして列へと接近していく。暴走してくるボクらに、他のカップルは身を寄せ合っていた。比呂麿はすぐそばにまで迫っている。足がもつれて転びそうになるのを堪えながら、ボクも必死に走る。
そして、ついに列の最後尾へと迫る。必死に手を伸ばし、少しでもリーチを稼ごうとする。勝利の女神はどちらに微笑むのか。
なんて達観したのがいけなかった。体育の授業ぐらいでしか全力疾走しないもんだから、最後の最後に足をもつれさせてしまったのだ。つんのめったボクは前のめりになる。
「キャッ。な、なに」
あろうことか、前に並んでいたお姉さんの背中にぶつかってしまう。彼氏さんから鋭い目つきで睨まれる。ごめんなさい、悪気はなかったんです。ボクは必死に頭を下げる。
すると、軽快に肩を叩かれる。ちょ、ちょっと。こんなところで暴力沙汰は嫌だよ。ボクの方に非はあるけどさ。
しかし、叩いたのは彼氏さんではなかった。顔を上げると、昴が満面の笑みを浮かべて親指を立てている。
「グッジョブ、優輝。ミッション達成」
どういうこと。頭の中が疑問符でいっぱいだったけど、自分の立ち位置は把握してようやく昴の言葉が理解できた。
すっころびそうになったおかげで、ボクが列の最後尾に先行できたようだ。なので、大福争奪デッドヒートを制したのはボクらのペアということになる。
すぐ後に並ぶことになった比呂麿は地団太を踏んでいた。
「くそ、後れをとっちまったか。でも、まだだ。まだ大福が買えないと決まったわけじゃない」
彼の言う通りだ。残数によっては全員仲良くゲットできるという展開も有り得る。むしろ、その方が遺恨が無くて大助かりだ。
しかし、事は素直に運ばなかったようだ。個数限定販売を謳っているだけあり、大福の総数は予想外に少ない。列がはけていくにつれ、あっという間に山が崩れ去っていく。下手をしたらボクらも買えないんじゃないか。電車に乗って無駄に走っただけなんてそれはそれで嫌だよ。
そして、ボクらの番がやってきた。売店のおじさんから大福を受け取り、昴は満足そうに舌なめずりをする。白い生地にうっすらと赤みがさしている。大福に内包されうる赤い物体といえば十中八九イチゴだ。定番中の定番だけど、けっこう美味しいんだよね。袋の中身を観察しているだけでも涎が垂れそうになる。
「ちくしょう、やっぱ一歩遅かったか」
戦果を確かめ合っていると、恨めしそうな声が響く。あろうことか、ラブラブ大福はちょうどボクらで売り切れてしまったようだ。諦めてさっさと帰るペアが続出する中、比呂麿はじっと大福屋を睨んでいた。よほど大福が欲しかったのだろう。かわいそうなことをしたな。
なかなか手を付けられないでいるボクだけど、昴は遠慮なく大福を頬張ろうとする。せっかくだし、ご相伴にあずかろうかな。ボクも袋の中に手を伸ばす。まさにその時であった。
「ちょっと~。大福を食べさせてくれるって約束したじゃない~」
「い、いや、絶対に買えるはずだったんだ。そうだ、別のやつで我慢してくれないか。この店はラブラブ大福以外も絶品なんだぞ」
「あ~しはラブラブ大福がよかったし~」
なんだかもめてるぞ。流れから察するに、大福を食べさせてあげるから協力してくれって約束したのだろう。ますます悪いことしちゃったな。ボクは手にした大福に親指を押し当てる。だが、指の力を緩めざるを得なかった。
「も~いいし。律儀に並ばないでも、強制的に奪えばいいことだし~」
比呂麿の義理彼女は腕をクロスさせた。あのポーズはまさか。大福を落としそうになるのを堪えるのに必死であった。
「ファルスアドベント。ビーストリグレッションハウンド」
彼女の足もとより風が巻き起こる。化粧を施して美麗を誇っていた顔が獣のそれへと変貌する。折角脱毛したであろう手足にも、茶色い体毛が生えそろっていく。そして、臀部から人間にはあり得ない器官「尻尾」が出現した。月はまだ出ていないものの、天を仰いで高々と遠吠えをあげる。
一瞬狼男かと思ったけど、そもそも変身者は女性だ。おまけに、狼にしては顔つきになじみがありすぎる。そこらへんを散歩させられている愛玩用動物と酷似しているのだ。
「お、おい、どうなってんだよ、これ」
まさか彼女がダイカルアだとは思ってもみなかったのか、比呂麿は腰を抜かしている。いや、ボクもびっくりだよ。変身するなら君だと思っていたからさ。
「あ~しの名はハウンドカルア。大福が食べられないなら全部食べればいいし~」
なにそのマリーアントワネット思考。本人よりも欲深いし。




