降臨! ヴァルトパーズ
いきなりダイカルアの怪物が出現したことで、お客さんはもちろんのこと、和菓子屋のおじさんも一目散に逃げ惑う。店主がいなくなったことで、ハウンドカルアの目標は一つに定まる。野ざらしになっている製菓だ。
「みんな勝手に逃げちゃったから、お菓子食べ放題だし~。この力やっぱすごいし~」
お菓子を食べるためだけにダイカルアの力を使うなよ。最近、ガチでやばい怪物ばかりだったら、こういうアホくさい怪物は新鮮だ。
なんて、感心している場合ではない。やろうとしていることはアホでも、相手はダイカルアだ。止めに入ろうものなら牙で噛み砕かれてしまう。おまけに、ボク以外の魔法少女は見当たらない。こうなると、ボクがやるしかないのか。奥歯を噛みしめ、ポケットの中の宝石に触れる。
「お、おい、嘘だろ。曽根沢ちゃんがダイカルアだったなんて。なあ、なんとか言ってくれよ」
比呂麿が無謀にもハウンドカルアにすり寄ろうとする。だが、ハウンドカルアが腕を振るうや、比呂麿は尻もちをついてしまう。
「うっさいし~。大福食べられないならあんたなんか用ないし~。あ、邪神様に恐怖心を捧げるってんなら、そこに居てもいいし~」
一応、本来の目的は忘れてはいないのか。だが、まずい状況には変わりない。涎を滴らせた口を剥き出しにし、比呂麿に迫ってきている。ボクは意を決すと一歩踏み出す。
「待って」
啖呵を切るより早く、間の抜けた声が浴びせられる。怪訝な顔をしたハウンドカルアに立ちふさがったのは昴であった。
「あ~た、比呂くんから大福奪った子。なんか用?」
「大福を奪うなんて許さない。これ以上悪さするなら、私が成敗する」
ファイティングポーズをとり、ハウンドカルアへと立ち向かう。いやいや、何やってんの。いくらなんでも怪物に喧嘩を売ろうだなんて無謀すぎるよ。
「あ~しに刃向おうっての。うざいんですけど~。怪我しても病院連れてかないし~」
「怪我をするのはあなたの方。吠え面かきたくなかったら、大人しく変身解除して」
「うっさいし~。ガキに説教される覚えないって~の」
メンチを切るが、昴は動じていない。本格的にまずい状況になってきた。昴の前で変身するのは気が引ける。でも、見て見ぬふりをしていては彼女が殺されてしまう。ならば、やるべきことは一つじゃないか。
決心が固まりかけていたが、後方よりいくつも慌ただしい足音が響いてくる。
「ようやく追いついたと思ったらとんでもないことになってるじゃないの」
この声は、華怜か。全力で走ってきたのか、息遣いは激しい。
「突然どこかに消えるもんだから、探すのに苦労したのよ」
「そうだ、そうだ。すばるんと駆け落ちするなんて許さないぞ」
渚先輩と蘭子も一緒だ。いや、駆け落ちって。そう見えなくもないか。
「よくここが分かったね」
「最終目的地は把握していたから、たどり着くこと自体は簡単だったわ」
「しかも、ウルルがダイカルアが出たっていうからさ。大慌てでやってきたってわけ」
「そうだル。パトロールをしていた甲斐があったル」
話をまとめると、ボクを見失った華怜たち一行は仕方なく大通り沿いに和菓子屋へ向かっていた。その途中にウルルと出会い、ダイカルアが出現したと知ったということだ。
魔法少女が三人勢ぞろいしたのならありがたい。たった一体の怪物相手には過剰ではあるが、念には念を入れて越したことはないだろう。もし、あいつがクロコダイルカルア並の実力者だったら、むしろちょうどいい戦力ともいえる。
さっそく華怜と渚先輩は変身しようとする。しかし、蘭子は右手で二人を制した。
「どうして止めるのよ。すぐそこにダイカルアの怪物がいるのに黙って見てろっていうの」
「私もレンちゃんの意見に賛成ね。無謀なことをしている子を放ってはおけないわ」
蘭子に刃向う両者。しかし、彼女は首を大きく横に振った。
「付き合いが長いから分かるけどさ、すばるんはプッツンしちゃってるんだよね。だからさ、変に首を突っ込んだら逆に危ないよ。君たちだったら死んじゃうかも」
「死って、あんた」
「冗談。でも、大怪我するかもしれないってのは本当だよ。病院に行きたくなかったら、黙ってた方がいいんじゃない」
首の後ろに手を組んで口笛を吹いている。とても忠告をしている態度ではないが、冗談をかましているとも思えない。
実際、野生の勘とでもいうべきだろうか。ハウンドカルアはただの人間相手だというのに必要以上に警戒している。一思いに丸呑みもできたはずなのに、微動だにしていないのだ。
「謝れば痛いことはしない。むしろ、さっさと降伏した方が身のため」
「ふざけんじゃないし~。あんたみたいなガキに頭を下げるなんてありえないし~。ダイカルアから頂いた魔法でギッタギタにしたげる」
怪物としての誉れからか、ハウンドカルアは引くつもりはなさそうだ。無策のまま挑発しているなんて馬鹿は仕出かしていないよな。
にらみ合ったまま動きはない。ハッタリをかけているだけなら、相手が痺れを切らしたらイチコロだ。傍観しているこちらが冷や汗をかきそうになる。
やがて、恐れていた事態に発展した。ハウンドカルアはひときわ大きく咆哮すると地面を蹴ったのだ。大口を開き、昴を丸呑みにしようとする。魔法を詠唱した気配はない。純粋なる直接攻撃。それでも、身体能力が桁外れなだけに、まともに喰らえば一巻の終わりだ。
「昴、逃げて」
ボクは必死に叫ぶ。しかし、昴は撤退しようとしない。もう我慢ならない。華怜や渚先輩と目配せすると、宝石を取り出す。
だが、昴の右手に握られたものを目撃し、ボクらははたと立ち止まった。嘘でしょ。どうして彼女があんなものを持っているんだ。わざわざ偽物まで用意してフェイクを仕掛けようというのか。
否、びっくりアイテムではない。光源がないはずなのに、煌々と輝きを発している。まさか、彼女がそうなのか。
「あ~あ、すばるんが本気でプッツンしちゃった。見てな、あのワンちゃん終わったから」
ニコニコしながら物騒なことを口走る。だが、蘭子の言葉に耳を傾ける余裕はなかった。一同の視線を集めたまま、昴は高々と黄金色の宝石を掲げる。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリートパーズ!」
宝石から放たれた光が昴の全身を包む。煌びやかな黄金のドレスを身にまとい、グローブとブーツが装着される。そして、胸のブローチには宝石が収まった。ボクらとドレスの色が違うだけで大差はない。故に、一つの事実を認めるしかなかった。
「まさか、昴も魔法少女だったわけ」
疑問に答えたわけではなかろうが、昴は高々と名乗りを上げた。
「質実剛健! 我、重厚たる創造の戦士! ヴァルトパーズ!!」




