郊外へ誘い出せ
「町中でこいつを倒すとまずいことになる。まずは、人通りが少ない郊外に誘い出すんだ」
「サキちゃんらしい考えね。まあ、特撮番組みたく、派手にビルを破壊するわけにはいかないからね。案に乗ってあげるわ」
「さっさと破壊したかったけど、しょうがないわね」
誘導するとしても、ちょっとやそっとの攻撃では振り向いてくれないだろう。無視して町中で破壊工作をされては本末転倒だ。
逡巡して、ボクは大きく片手を挙げた。
「溢れし魔力よ! 慈悲に寄りて彼の力を助長せよ! 魔力増強」
溢れ出る光の球がばらまかれ、ルビィとサファイアを取り囲む。ルビィは戸惑っていたけれども、効果を知っているサファイアは悠々と腰に手を当てていた。
光の球は両者の肉体へと集束していく。攻撃魔法と勘違いしているのか、ルビィは必死で追い払おうとしていた。
「ちょっと、優輝。いきなり味方を攻撃してどうすんのよ」
「ごめん、華怜。でも、こいつは攻撃魔法じゃないんだ」
疑わしそうだったけど、平然としているサファイアを前に、幾分か落ち着きを取り戻したようだ。
「レンちゃんは効果を知らないみたいだから、お姉さんとして私が教えてあげるわ。身も凍りつかせる氷河よ! 刃となりて悪しきを討て! 鋭閃絶氷」
手のひらでつららを生成する。ただし、普段のつららとは格が違う。ルビィのディザスカリバーに負けず劣らずの長剣へと進化していたのだ。
数十メートルの巨体からするとつまようじ程度のものだろう。しかし、内包している魔力は桁が違う。陸上競技の槍投げよろしく、サファイアは巨大つららをクロコダイルカルアに投げつける。
なんら工夫のないつららであれば無視されていただろう。ところが、巨大つららが突き刺さるや、クロコダイルカルアはうめき声をあげたのだ。元々怪物じみただみ声だから分かりにくいけど、殊更にくぐもった音からは悲痛を察せられた。
ダメージを与えられたことで、怪物は確実にこちらを気にしている。いいぞ、定期的に魔法を当てれば、あいつを郊外まで誘い出せるはずだ。
「へえ、魔力が上昇しているのね。じゃあ、私も試してみるわ。邪を裂く聖剣よ! 尊大なる御霊を我が手中に宿せ! 聖剣変化」
つらら剣に感化されたか、ルビィもまた愛刀を出現させる。細長い物を媒体にしないと形成させられないはずだけど、なんということはない。そこらへんに転がっていたサイリウムを活用したのだ。
クロコダイルカルアからしたら、これまたつまようじぐらいにしかならない代物だ。それでも、ルビィは勢いよくやつの足首に斬りかかる。見かけからすると大したダメージにはならなさそうだ。
しかし、斬撃の瞬間、クロコダイルカルアはくぐもった悲鳴をあげた。前屈みになって足首をさすろうとしている。
「すごいわ。ちゃんと効果があるじゃない。これならあいつを誘導させられるわ」
意気揚々とクロコダイルカルアの足もとをチクチクと刺しまくっている。小賢しい攻撃に、さすがに化け物も顔をしかめる。かつて、一寸法師はつまようじの剣で鬼を倒したというが、そんな昔話を具現化しているようだ。そのうえ、サファイアの魔法も加わっているのだ。いくら相手が豆粒みたいな存在でも無視できないだろう。
案の定、クロコダイルカルアは町中方面から転換し、ボクたちに狙いを定めている。憎悪すら秘められた瞳をぶつけ、一思いに踏みつぶそうとしているのだ。方々になりながらも、ボクらは郊外に全速力で駆けていく。
「被害を最小限に食い止めるために誘い出しているのか。まあ、よかろう。魔法少女どもを一網打尽にし、その後ゆっくりと町を破壊しつくすのも一興。クロコダイルカルアよ。まずはやつらを根絶やしにせよ」
大司教からも正式に攻撃命令が下った。少なくとも、街中への被害は抑えられそうだ。とはいえ、ボクらがやられては元も子もない。
魔法少女になった状態で全力疾走した場合、速度は自動車に匹敵する。後数十分もすれば、郊外の山岳へと到着するだろう。しかし、クロコダイルカルアはつかず離れず追跡してくる。あいつが走っている様子はないが、巨大なために歩幅が尋常じゃなく広いせいだ。あいつ、五十メートル走を数歩で完走しそうだな。
やがて、人里離れた山稜へとたどり着いた。とりあえず人が多そうなところを避けて走ってきたから、正直全く知らない場所だ。来るとしても遠足での山登りぐらいじゃないかな。
あとはクロコダイルカルアを迎撃するだけだ。ボクは大木を背に、魔力を充填する。途端、頭の中に例の声がこだまする。
「コロセ、コロセ、コロセ、コロセ……」
お前の言いなりになるのは癪だ。でも、今回ばかりは利用させてもらう。気張ることなく身を任せているためか、両腕に尋常じゃない力が溢れてくる。どう表現したらいいだろうか。暴れまわる超巨大な魚を抱えようとしているみたいだ。ちょっとでも力を緩めれば、すぐにでも暴発しそうである。でも、堪えるんだ。極限にまで魔力を溜めないと、あいつを倒すことはできない。
無論、クロコダイルカルアがゆっくりと待っていてくれるわけはなかった。咆哮とともに踏みつぶそうとしてくる。しかし、足の裏により圧殺されるより前に、巨大つららが迎え撃った。
「サキちゃんばっか狙うのはずるいわよ。お姉さんと遊びましょ」
「私だっているわよ。斬撃一貫」
ディザスカルバーを肥大化させ、足首に一閃をくらわせる。尻尾を振り回して反撃してくるが、両者は軽快なステップで躱す。
絶望的な相手だったはずが、魔力を増強しているおかげで完全に手玉にとっている。このままチマチマとダメージを与え続ければそのまま勝てるんじゃないか。そんな楽観論を抱いていた。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。勢いよく尻尾を薙ぐと、勢いに巻き込まれて倒木が巻き起こる。いくら魔法少女でも、大木の下敷きになってはひとたまりもない。おまけに、予想外の方向から危機が迫ったことで、ルビィたちは反応が遅れてしまっていた。
「華怜、危ない!」
声をかけるものの、大木はルビィの顔面へと迫ろうとしている。だめだ、間に合わない。いや、蓄積している魔力を一旦大木の除去に回せばどうにかできるか。
逡巡していたところ、急接近していた大木が突然凍り付いた。瞬間的に氷像に変えられたうえ、根元が固定されている。寸でのところで衝突は避けられたようだ。
「油断大敵よ、レンちゃん」
一体誰の所業かは言うまでもなかった。サファイアが手のひらで氷を弄びながらふんぞり返っている。ひとまず万事休すか。
いや、安堵している場合ではない。大木に注視していたせいで、肝心要の相手を眼中に入れていなかったのだ。
「渚先輩、危ない!」
なんというデジャブ。サファイアの背後から巨大な足が迫っていたのだ。迎撃しようにも、今から魔法を放ったところで間に合わない。ルビィの間合いだったらどうにか間に合うかもしれないけど、あいにく彼女に遠距離攻撃手段はない。
あわや、踏みつぶされてぺチャンコにされてしまうか。しかし、間一髪のところでルビィがサファイアへと突進していった。突き飛ばされる形でサファイアは踏みつけ攻撃から離脱。ルビィもまたもつれ込むようにして難を逃れた。身を挺して守るってルビィらしい。
両者とも無事でよかった。胸をなでおろそうとするが、ボクの前に衝撃的な光景が繰り広げられる。




