ヴァルルビィVSヴァルサファイア
人類を超越した速度で疾走していったから、追尾するのは不可能と思われた。でも、魔法少女の気配を察知できるというバンティーのお陰でどうにか探し当てることができた。この変態コウモリが初めて役に立った気がする。
町はずれの小さな空き地でルビィとサファイアは真正面からにらみ合っていた。ずっと走ってきたボクは息絶え絶えなのに、二人はいたって平生だ。火花を飛ばしあっている両者に息切れの心配など無益だが。
「あなたが追ってきているのは分かってたのよね。人目につかない場所で腹を割って話すため、あえてここまで誘導してきたってわけ。お姉さん優しいでしょ」
「お見通しだったのね。それであえて気が付かない振りをするなんて性悪よ」
「で、用件は何。忙しいから手短に頼むわよ」
「じゃあ単刀直入に言うわ。あなたの正体を教えなさい」
うわー、ド直球だな。そんなのにサファイアが応じるわけが。
「知りたきゃ教えてあげようか」
応じちゃったよ。え、いいの、本当に。
しかも、胸のブローチを外し、ルビィへと見せつけている。このまま「アーネストシール」と唱えれば素性が顕わになる。ついに、ヴァルサファイアの正体が明らかになるのか。固唾を呑んで彼女の動向を見守る。
だが、サファイアはふと宝石を握っている手の人差し指を伸ばした。
「鋭閃絶氷」
小さなつららを作り出し、勢いよく飛ばす。不意を突かれたルビィの頬に一閃の切り傷が生じた。
あっけにとられ、ルビィは頬に手を当てる。手の甲を流れる自らの血液。些細な傷といえばそれまでだが、ルビィの内心に与えたダメージが強烈だった。
「油断大敵ってね。私がダイカルアの怪物だったらあなた死んでたわよ」
「卑怯よ。あんた、自分が何をしたのか分かってる」
「正義のヒーロー気取りで、清く正しく戦おうとか思っているわけ。ならばとんだ甘ちゃんね。いかに効率よく相手を倒すか。それを念頭に置かないといつまで経ってもダイカルアを殲滅させるなんてできないわよ」
「いちいち鼻につく言い方ね。あんた、友達いないんじゃないの」
吼えかかるルビィ。すると、達観していたサファイアの表情が曇った。遠方からでもただならぬ威圧を感じる。例えるなら、龍の逆鱗に触れてしまったような。
「どうやら、一から礼儀を教えてあげる必要がありそうね」
「臨むところよ。あんたみたいな魔法少女の風上にも置けない奴、私が目を覚まさせてあげるわ」
まずい。これはまずい。お互いにファイティングポーズをとり、一触即発を絵にしたようだった。魔法少女対魔法少女って最悪すぎるよ。
「バンティー、どうにか止められないの」
「無茶振りするなバ。でも、二人が共倒れされたら困るバ。二人とも止めるバ!」
「うっさい、変態」
そこは同調するんだ。しかも、一括だけでバンティーを退けるなんて、放たれている気迫は常識を逸している。ど、どうしたらいいんだ。
ボクがうろたえている間に、ルビィとサファイアは同時に接近していってしまう。先に仕掛けたのはルビィだ。得意の徒手空拳でサファイアに打撃を加えようとする。
しかし、サファイアは身を翻すと、ルビィに空振りさせる。ムキになったルビィは蹴りからの正面突きとコンボを繰り出すが、悉くスカに終わってしまう。
「馬鹿の一つ覚えみたいに打撃を繰り返すなんて。もっと頭を使わないと駄目じゃない」
「うっさいわね。ちょこまかと逃げてないでかかってきなさい」
「見え透いた挑発に乗るのも癪だけど、お望みとあればそうしてあげよっかな。有象無象の愚者よ! 慄きその身を凍てつかせよ! 冷結微笑」
呪文の詠唱とともに、ウィンクする。体勢を立て直そうと両股を開いたルビィだが、その姿勢のまま固定されてしまう。訝しんで足元を確認したルビィは愕然とするのだった。無理もない。足元が凍らされているのである。
「彼の者曰く、歴戦の強者も動けなければ銅像と等しいってね。あなたの機動力は評価してあげてもいいけど、足元を固定されちゃお手上げでしょ」
「ふざけないでよね。こんな氷なんて……」
無理に氷結状態から脱しようとしているようだけど、いくら力を入れようとカチコチに固まった氷は砕けることはない。トリモチにかかったように、ルビィは完全に足止めされてしまっているのだ。
彼女に遠距離攻撃手段があればまだ勝機はあっただろうが、サファイアが遠距離に位置している以上手詰まりとなってしまっていた。手で無理やり引きはがそうとしても、分厚い氷はビクともしない。高熱に晒すか、ハンマーで砕かない限りは脱出できなさそうだ。
「粋がってても動けなければどうしようもないわよね。もっと教育してあげたかったけど、まずはお仕置きが先かしら」
サファイアは手のひらでつららを生成している。豚のメタボ腹でさえ貫いた凶器だ。あんなのをまともに受けたら、ルビィは大怪我じゃ済まされない。
このまま終わってしまうのか。しかし、ルビィはまだ諦めてはいなかった。
「燻る情熱よ! 爆炎となりて覚醒せよ! 情熱思慕」
両腕を腰に据える空手の基本の構えをとる。すると、彼女の体から炎がくすぶり、過たずして激しく燃え上がっていった。
「ちょ、ちょっと。自分で自分を燃やすって正気!?」
サファイアは激しく動揺している。この魔法を初見だと、そんな感想を抱いても無理はない。実際には超至近距離で炎上させているだけなんだけどね。
遠方にいるサファイアに実害はない。しかし、ルビィの狙いは別にあった。高熱を浴びていることで、足元を束縛している氷が融解されていっている。氷は炎に弱いって、某モンスター育成ゲームの理論か。ともかく、束縛から逃れられたため、条件は五分へと引き戻された。
「よくもやってくれたわね。ここから反撃させてもらうわよ」
そう言って提示してきたのはそこらへんに転がっていた木の枝だった。魔法少女の恰好と相まって、魔法の杖に見えなくはない。
「それで魔法を使おうってわけ。まあ、何が来ようと驚かないけどね」
サファイアも誤解している。うーん、そんな大言壮語繰り出すと痛い目見るけどな。
「邪を裂く聖剣よ! 尊大なる御霊を我が手中に宿せ! 聖剣変化」
木の枝が伸長していき、先端が鋭利な刃へと変貌する。手元の柄には荘厳なる装飾が施される。ルビィ自慢の愛刀ディザスカリバーだ。
「ちょっと。木の枝を剣に変えるって反則でしょ」
「これが私の魔法よ」
「木の枝持ってるなら、素直に杖にすればいいじゃない」
「杖じゃ殺傷能力低いでしょ」
魔法少女が殺傷能力なんか気にしちゃいけません。杖で殴ってもそれなりに威力出せそうだけど。
剣道少女の華怜にディザスカリバーを与えたことで、形勢は一気に逆転した。有段者の剣裁きにサファイアは防戦一方となっている。むしろ、どうにか防御できているってことが驚嘆すべきか。「冷結微笑」で自分の周囲の空気を凍らせてバリアを張るというとんでも手法を駆使しているし。
いくら愛刀を振るってもサファイア本体に届かない。攻め続けてはいるものの、ルビィの体力が尽きるのも時間の問題だった。むしろ、サファイアはあえて持久戦を挑んでいるんじゃ。
「ルビィは高威力の魔法でガンガン攻める攻撃型。対して、サファイアは相手の動きを止めたり、技を無効化したりする防御型だバ。まさに矛と盾の対決。このままだと先に精根尽き果てた方が負けるバ」
まさに意地の張り合いってわけか。ただ、彼女たちが無益に殴り合いを続けるわけがなかった。痺れを切らしたのか、最悪の手段に打って出たのだ。




