無敵のヴァルサファイア
華怜が潜伏していた地点でヴァルサファイアの活躍を見守る。標的であるポークカルアは気持ち悪く涎を垂れ流しながら迫ってきている。
「さっきの華奢な少女の方がよかったが、貴様もなかなかの逸材だ。チャーシューにすればさぞうまかろうな」
「あんた、すごい勘違いしてるわよ。まあ、いいけど。どっちにせよ、私チャーシューになるつもりはないし」
右手を小指から順に曲げていくと、所作に合わせて氷が生成されていく。
「身も凍りつかせる氷河よ! 刃となりて悪しきを討て! 鋭閃絶氷」
いきなり必殺の魔法ですか。
「あんたみたいなキモイのあまり相手にしたくないし、速攻で決めちゃっていいわよね」
最初から最高威力の技を使えばすぐに終わるって、本家のヒーローが使わない手だよね。しかも、有無を言わさず発射しちゃってるし。
しかし、生成されたつららはポークカルアを貫くどころか、腹のぜい肉に阻まれて跳ね返されてしまう。ダメージもあまりないのか、ポークカルアは痒そうに腹をさすっているだけか。
「そんな攻撃、俺には通用しないぜ」
「ああ、面倒くさ。あんた、体力ゲージが赤になるまで弱らせないと捕まえられないとか、そんな世界に産まれた生物なわけ」
技が通用しないのはそんな理論じゃないと思いますが。第一、メタボ体型の気持ち悪い化け物なんてゲットしたくない。
「今度はこっちから行くぜ。オラ―ッ!」
気合と共にポークカルアが突進してくる。メタボ体型を利用した体当たり攻撃だ。地味だけど、体型が体型だけにかなり痛そうだぞ。
だが、単純な突撃など通用するはずもなく、サファイアは軽くいなす。それどころか、足をひっかけてポークカルアを派手に転倒させた。
「ごめんなさいね。足が出ちゃったみたいで」
「このアマ! おちょくってると痛い目見るぞ」
「おお怖い。お姉さん、そんな野蛮なのは嫌いだな」
ポークカルアは起き上がると大きく息を吸った。まずい、あの魔法を使うつもりだ。
「お前もチャーシューにしてやる! 醜き肉体よ! 脂身迸る甘美なる馳走となれ! 焼豚変化」
ラーメン屋の匂いがするいかがわしい息を噴出する。まともに吸い込めばサファイアもチャーシューにされてしまう。
当のサファイアは斜に構えていて防御の姿勢すらとらない。まさか、効果を知らないから対処できずにいるんじゃ。だったらどうにかして知らせなくちゃ。身を乗り出そうとするけど、ハイヒールのせいでつんのめる。くそ、肝心なところで。
ポークカルアの方も、相手が観念したと確信しているのかふんぞり返っている。おまけに舌なめずりするいやらしさ。このままサファイアはチャーシューになってしまうのか。そして、ついに不気味な息がサファイアの鼻孔に直撃する。
魔法が発動してから一分は経過しただろうか。サファイアに変調は見られない。どや顔でポークカルアと対面している。覇王の時はすぐにチャーシューになったのに、個人差があるのだろうか。
「どうしたことだ。なぜ、俺の魔法が通用しない」
「さあ、どうしてでしょう。足りない頭で考えてみれば」
「くそ、もう一度だ。焼豚変化」
ポークカルアは再度息を噴出する。今度もサファイアを直撃する。けれども、一向に変化は起きない。本当にどうなってるんだ。まさか、無敵状態になっているとかじゃないよね。
むきになって地団太を踏むポークカルアに、サファイアは指をつきつけた。
「彼の者曰く、クマムシは死なないってね。知ってた、クマムシって冷却されても、真空状態にされても生存できるのよ」
「そ、それがどうした」
「クマムシほどじゃないけどさ、私も同じようなことができるってわけ。三千世界よ! 我が手中で弄ばれよ! 無敵形態」
魔法を唱えたのは確かだけど、サファイアの身に変化はない。いや、よく目を凝らすと、彼女の周囲に仄かなオーラがまとわりついている。
「この魔法が発動している間、私はいかなる環境にも適応できる。水中でも宇宙でも活動可能になるってわけ。もちろん、火の七日間の後に出現した方の腐海でも防護マスクなしで生きていられる。あんたの臭い息なんか通用しないわよ」
完全無敵形態ってすごい魔法使ってくるな。もうサファイア一人でいいじゃん。こんな魔法を扱えるなら負ける要素がないし。
「ただし、発動できる制限時間があるけど、あなた相手なら気にする必要はないわね」
一応、弱点はあるんだ。不死身とかだったら太陽に放り込んで永遠に再生を繰り返させるしかなくなるもんな。
自慢の息が効かないと分かり、ポークカルアはたじろぐ。これを機にサファイアは反撃へと転じた。
「彼の者曰く、ラーメンは、冷やすと伸びて、まずくなるってね。ラーメンは季語じゃないから俳句じゃないわよ」
「貴様、何を言ってやがる」
「そのままの意味よ。有象無象の愚者よ! 慄きその身を凍てつかせよ! 冷結微笑」
サファイアがウィンクを施すと、ポークカルアの腹のぜい肉に霜が降りてくる。これぞ霜降り肉。なんて冗談はさておき、ぶよぶよした肉体が次第に硬直していっているのだ。
「どうしたことだ。腹が寒い。このままでは腹を下すじゃないか」
「不必要にお腹を出しているから下痢になるのよ。あんたの場合は下痢になってた方が丁度いいかもね」
お腹を集中的に冷やされているせいで本当につらそうだ。下痢を誘発させるって地味に嫌な攻撃だな。
「さて、いい加減弱ったでしょ。今度こそトドメを刺させてもらうわよ。身も凍りつかせる氷河よ! 刃となりて悪しきを討て! 鋭閃絶氷」
つららを形成させると、身を縮ませているポークカルアへとぶつける。先ほどとは違い、ぜい肉により幾重にも築かれた壁に深々と突き刺さった。
「せめて、例の少女だけでもチャーシューにしたかった」
怨嗟の雄たけびをあげ、ポークカルアは爆散していく。
後に残されたのはこれまたメタボ体型の青年だった。仰向けになっていて上着がはだけているが、下に覗いていたのは深夜アニメの美少女キャラクターがプリントされたTシャツであった。こんなのを着用して町中を歩ている辺り、この男の趣味嗜好はハッキリする。まさかの覇王と同類だったとは。よかった、二重の意味で食べられなくて。
怪物を倒したヴァルサファイアは髪をかきあげ、颯爽と去っていこうとする。ここで華怜が身を乗り上げた。
「ようやく作戦開始ってわけね。あいつの化けの皮を剥がしてやるわよ。アーネストレリーズ、ミラクルジュエリールビィ」
一瞬でヴァルルビィへと変身を果たすと、高速で移動するサファイアの後を寸分違わず追尾していっている。ちょっと待って、速すぎるよ。ボクも追いかけないと。
って駄目だ。ハイヒールのせいでうまく走れない。
「律儀にハイヒールなんか履いてないで、スニーカーに履き替えればいいバ」
そうだよね。どうして、こんな単純な解決方法を思いつかなかったんだろう。もう、ボクのうっかりさん。……って、この声は。
「バンティー!? いつからそこにいたの」
「ついさっき、ダイカルアの気配を察知してやってきたんだバ。もうサファイアが倒した後だったなんて、彼女は優秀だバね」
「感心するのはいいけど、来るの遅すぎない」
「気配を消してマンガ喫茶に潜り込んで、エロ動画を見ていたんだバ。夢中になってダイカルアの存在に気が付かなかったバ」
悪びれもせずに打ち明けちゃったよ、この変態コウモリ。相手が豚だっただけに、豚箱にぶち込みたい気分だ。
まあ、バンティーを非難していても仕方がない。事態は深刻なことになりつつあるんだから。
「大変だよ。華怜が、ルビィがサファイアの正体を突き止めようと変身してどっかに行っちゃったんだ」
「ファッ!? それは相当マズいバ。初対面の印象からして犬と猿みたいな感じだったバからね。野放しにしておくとややこしいことになりそうだバ」
楽天家なバンティーも焦燥するような事態ってことか。じゃあ、なおさら早く止めなくては。ボクはハイヒールを脱ぎ捨てると、居てもたってもいられずルビィが駆け抜けていった方角に急行した。




