お前もチャーシューにしてやろうか
「ブヒブヒ! 俺様の名はポークカルア。ダイカルアの名のもとにひれ伏すがいい」
本当にダイカルアの怪物が来ちゃったよ。しかも、よりによって豚がモチーフの怪物か。
「なんだ貴様は」
「さっき名乗っただろ。ポークカルアだ」
「笑止。我が名はチャーシューカルアだ」
って何やってんだよ、覇王。ダイカルアの怪物と張り合わないでよ。
「なかなかのクオリティーだな。その衣装はどこのショップで手に入れた」
「衣装? 貴様何を言っている」
「とぼけても無駄ですよ。しかも脂汗まで再現するとは。ううむ、俺もまだ勉強が足りぬな」
したり顔でポークカルアを観察している。ちょっと、本当にヤバいって。
「覇王、早く逃げないと。ダイカルアの怪物だよ」
「焦るな、優輝氏。ここまで精巧なコスプレ、極意を聞くまでは離れられん」
コスプレ? ああ、まさかだけど、盛大な勘違いをしているな。これは早々に目を覚まさせた方がいいと思う。
「あのさ、覇王」
「しつこいぞ。偉大なるコスプレイヤー様の前で失礼だ」
「そいつ、本物のダイカルアの怪物だよ」
「……マジか」
怪物をまじまじと凝視する覇王。むしろ、どこをどうやったらコスプレイヤーと間違えるのだろう。明らかに人間とは異なる造形なのに。
「まずいぞ、優輝氏。早く逃げなくては」
「だからさっきから言ってるよ」
現実を受け止め、ようやく覇王はうろたえる。しかし、時すでに遅しだった。
「おい、貴様はチャーシューが好きか」
「チャーシュー? 好きだが。ラーメン屋に行ったらまっさきにチャーシュー麺を食べるね」
メタボ腹を強調しないでください。そんな食生活をしているから三段腹になるんだよ。堂々とふんぞり返っている覇王にポークカルアは顔を近づけた。
「ならば、お前もチャーシューにしてやろうか! 醜き肉体よ! 脂身迸る甘美なる馳走となれ! 焼豚変化」
呪文を唱えると、豚鼻から臭そうな息が噴出される。いや、外見から先行して臭そうと思ったけど、実際は違う。
漂ってきたのはラーメン屋が放つ独特な脂身の香りだった。やばい、こんなの嗅いだらラーメンが食べたくなる。ボクは咄嗟に鼻を塞ぐ。しかし、近距離にいた覇王はそうはいかなかった。
「おお、ラーメンが食いたくなってきたぞ。いい香りだ」
むしろ、能動的に嗅いじゃってるし。考えなしに敵が繰り出した妙な香りを吸い込まない方がいいと思うよ。なんて、忠告は遅すぎた。
元々太っていた覇王の体が更にむくんでいく。どこからともなく紐が出現し、彼の全身をぐるぐる巻きにしていった。臭いを嗅いだら拘束されちゃうのか。否、単なる捕縛魔法よりも悪質だった。
突然、覇王の全身が光り輝く。直視するのも阻まれ、ボクは目を逸らす。ど、どうなってるんだ。
やがて光が収まり、恐る恐る顔を戻す。なんということをしてくれたのでしょう。そこには覇王の姿はなかった。あったのは巨大なチャーシューだったのだ。
切り分けられる前の紐でぐるぐる巻きにされた状態のチャーシュー。そうとしか形容できない。軽く十人前以上は賄えそうな超巨大な代物だが、チャーシューには変わりない。ちょっと、どうなってんの。覇王はどこに行ったの。
混乱するボクだけど、一つの嫌な可能性に思い至った。まさかだけどさ、
「これ、覇王なの」
「ブヒヒヒ。察しがいいな。俺の魔法によりそいつはチャーシューへと変わったのだ」
人間をチャーシューに変えるっておぞましすぎるよ。どうしよう、さっきから野良犬が狙いを定めている。このままじゃ覇王の命が危ない。
「次はお前の番……」
いきなりポークカルアが言葉を詰まらせた。え、ボクがどうかしたの。
「お前」
「な、なに?」
「可愛いな」
豚に可愛いと言われても嬉しくないよ。ってもうツッコムのはやめた。早く逃げよう。
だけれども、ハイヒールのせいでうまく走ることができない。いや、歩くのさえままならない。ああ、足がふらつく。
「びくついてるところとか、激ヤバス!」
ポークカルアが発狂した。この怪物、覇王と同じ波長を感じる。
「こいつはいいご馳走になりそうだぞ」
チャーシューに変える能力を持った相手だと冗談には聞こえないんだよな。ってもう、ハイヒール! なんで君は歩きにくいように進化しちゃったんだ。
「ああもう、辛抱堪らん。すぐにでも食べちゃいたいぐらいだ」
物理的にって意味ですよね。こんな変態に食べられて死ぬって嫌すぎるよ! でも、もうだめだ!
「そこまでよ!」
二方向から同時に声が響いた。一方の声は分かる。伊達に幼馴染やってないからね。赤い宝石を構えている華怜だ。騒動を前に表舞台に出てきたのだろう。
でも、もう一方は不可解だった。このタイミングで怪物に制止をかけるなんて、機動部隊の一員だろうか。
否、もっと頼りがいのある存在だった。ポニーテールを風になびかせ、額に二本指をあてている。青を基調としたドレス衣装。間違いない。
「誰だ、貴様は」
「傍若無人! 我尊大なる威光の戦士! ヴァルサファイアってね」
ようやくお目当てのヴァルサファイアをおびき出すことに成功した。待ち望んでいたボクの友人はチャーシューにされているけどね。
「ガキはともかく、魔法少女だと。厄介なことになったぜ」
「ちょっと、ガキはともかくって舐めないでよね。あんたなんか軽くやっつけてやるんだから」
「一般人が出しゃばらない方がいいわ。ここは私に任せて」
ふと、ヴァルサファイアからウィンクを施された。アイコンタクトで何かを訴えかけているような。なんとなくだけど、人払いをした方がいいかも。
華怜は今にも変身しようとルビィを構えている。そんな彼女にボクはそっと耳打ちした。
「ここはヴァルサファイアの言う通り一時撤退しようよ」
「どうしてよ。あいつの化けの皮を剥がすチャンスじゃない」
ボクに倣ってか、華怜は小声で反論する。
「正体を暴くのなら、ダイカルアの怪物を倒して帰っていくところを付ければいいじゃないか。ヴァルルビィに変身すればいくらスピードを出そうと追いつけるでしょ」
説得を真に受けたのか、華怜は大人しく宝石を下ろす。未練がありそうだったけど、踵を返して物陰の方に退散していく。
ボクもまた華怜の後に続く。サファイアの方をちらりと確認したら、こっそりブイサインを出していた。なんだろう。ヴァルサファイアって初対面の相手って気分がしないんだよな。うーん、とりあえずは逃げるが先決か。




