『解呪』〈解呪の魔導書〉
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月明かりと遠い街灯の仄かな光だけが、冷たく静まり返った大聖堂内を照らしていた。蝋燭さえ灯されておらず、やがて僅かな月明かりさえ、再び雲が掛かり消えると聖女ルナの輪郭を朧げにした
◆【暗転】
「…聖女ルナ」
「お気軽にルナとお呼び下さいノル殿」
「ルナさん、今日は
折り入って頼みがあり、来ました」
夜の更けた。あの独特なしっとりとした雰囲気───その静寂を破った声は僕が思う以上に震えていた
暗闇を前に無意識に震えと、春の昼は暖かく、夜は『ひんやり』としている寒暖差───それは何というか、今の現状に似ている気さえする
暗闇になった故に聖女ルナの表情がわからなくなり、声色ばかりが彼女の『表情』になった
冷たい拒絶の色が浮かんでいる様にさえ感じる───僕の訪れを歓迎していないかのように、一層空気に重みが生まれる低さの声だった
「…何の御用でしょうか」
◆【ルーナ・ディ・ヒーラーについて】
「ルーナ・ディ・ヒーラーの名前に
聞き覚えはありますか?」
再び訪れた静寂、時間にして数秒の沈黙さえ、かなり重圧を感じた
「母の名ですね」
「そうなんですね!それで今はどちらに」
「母は5年前に…」
「そう、だったんですね。お悔やみを…」
「いえ、母は消えゆく命に手を伸ばした
己の信念を貫いたのです」
◆【振り出しへ】
『死印について』何か話が聞ければと思っていたものの───件の人物は死んでいたことがその人の娘の口から語られた
もうこの世界にいない…『死印』の生存方法についての知見を得る機会を失ったことに僕は目眩を起こす。取らぬ狸の皮算用───期待した僕が悪いんだと目的を切り替えた
「ルナさん…」
「ノル殿、君はどう思う?」
耳に届き始めた雨音の隙間から何かの問いが投げかけられた
「どう、とは?」
「人は───何がために生まれてくるのか、と」
◆【振り出した雨と雷】
「…何がために、ですか」
「私が若い頃は母の様に人々を救い
たくさんの笑顔を咲かせる
それが私の使命と思っていました」
声色が籠ったものになり、発生源が『低い位置』に移動した
「救い求める手を取る、それが
聖女としての義務なのだと、天命なのだと」
雷が雲の上で轟くと大聖堂内が淡く照らされた───聖女ルナは体を屈めていた。そう言えば『気絶』していた理由を僕は知らなかった
「私の懺悔を聞いてくれるかノル殿…」
縋る様な言の葉が投げかけられた
「…僕で、良ければ」
◆【手を掴まれた】
握り込まれ、しっとりとして熱の籠った両手が差し出された───この教会での懺悔の方法は、差し出された手を握り返し、重荷を共に背負う形で行われる
僕は作法に則って辛うじて見ることができる両手を取って、軽く振った
「…怖くて仕方がない」
誰もいない薄暗い大聖堂内に涙交じりの切実な吐露が溢れた
「公爵に呼び出され、娘を救って欲しいと
懇願され【解呪】をした時
それを躊躇してしまったんです」
「…」
「いつも通りに心臓の位置に手を置き
それを【解呪】しようとした時
身体の内側から何か出て行ってはいけないものを
あの娘に注いでいる…そんな感じがしたんです」
その口から語られたのは恐らく『十六の死印』。それの『解呪』の試みだった
『状態異常』に対価を支払うことで『解除』する。『死印』においては『生命力』を対価にする───こと『生命力』の欠落においての『状態異常』は抗うことの難しいことは実体験を持っている故に共感できる
「直感しました。あの娘を救えば
代わりに私は死んでしまうと
そう、思うと足に力が…」
◆【近くの椅子に座る様に促す】
当時を思い出してか、ルナさんはその場にへたり込みそうになったので長椅子に座って貰い、両手を強く握った。【浄化】を使い、彼女が少しでも心穏やかにいれるように努めた
「母への憧れに私は背を向けてしまった…
それがどうしようもなく、卑しくて
情けなくて…本当に恥ずかしい…」
啜り泣く声が聞こえてきた。覆っていた手の甲に涙がひとつ、ふたつと落ちる感覚がする
「ルナさん…」
「ふふふ、何でだろう…な」
「?」
「ノル殿、冒険者に疲れたなら
神父にでもなるといい、口添えするぞ」
「急ですね」
「いや、何だろうな。迷いが晴れた
君と話していると、何だか落ち着くよ」
「…」
「明日、依頼をひとつ受けているんだが
それが終わったら公爵に
手紙をしたためるとしよう───」
◆【継承】
「死ぬおつもりですか」
「───消えゆく命があると知って
放っておくことなどできないからな」
手を振り解かれた
「ルナさん…貴方は」
「すまないが明日も用事がある故
これにて、祈祷をするなら止めないがな」
先程から大袈裟な仕草で『のらりくらり』と躱される。腹立つ
「ルナさん」
「なに、私のことならば心配ご無用
何も怖いものなどない!」
「…」
震えてる。やけではなく『決意』が見れるものの、かなり痛ましい───教会の奥に逃げようとするその後ろの手を握り、引き止める
「ノル殿、離したまえよ」
「違う方法を考えましょう」
「なぜ?私の解呪があれば救える
そんな命を見殺しにしろというのか」
「かの方は
マリア・フィアナ・アルバート公爵令嬢の
ことですよね」
「っ!知っていたのか」
「僕も頼られた口ですので」
「なら、話は早い…君の説得は成功した
これ以上、何を求めるっていうんだ」
説得が目的なんて一言も言ってないでしょうが
「解呪を僕に教えて下さい」
「解呪を?残念ですが一朝一夕でどうにかなる
【スキル】ではありません。今日の所はどうか…」
「そこを、どうにか」
離すもんか───さっきまで『死にたくない』。いつの日かに『死にたくない』って言ってた人を見捨てられる程、僕は大人じゃない
「…手を離して下さい」
「頼みます!」
「そうではなく、魔導書を取りにいきます故」
「あ、すみません」
「…少々お待ちを」
どういう風の吹き回しか、聖女ルナは僕に『解呪の魔導書』を手渡してくれた
◆【魔導書を受け取った】
「ありがとうございます」
【714】───後は3日の間になんとしてでも【解呪】を覚える
「これで安泰だ…」
「安泰?どうしてですか」
「何…私が死んだ後の代わりが
もう見つかったなと」
「…笑えませんね」
「本心さ、君ならこの教会でもやっていける」
「カケラも嬉しくないですよ」
「今日のところは帰りたまえノル・スタルジア
君の心遣いに感謝する」
「?」
◆【解呪の魔導書を手に入れた】
色々言いたいことがあったもののその日は頭を下げて帰宅した




