『隠しダンジョン』〈隠れた未踏破の迷宮〉
◆◇◆◇◆
父の手記を読み進める内に行方不明者について少し詳しくなった。名前は『オリヴィア・サーヴァント』200年前に活躍をしていた人物だった。彼女は『大手ギルド・オーディン所属の冒険者』だ
何故200年も前の故人を近代になって探しているのかと思っていたものの、聞くに彼女は不老不死であることを自称していたと───そうでなくとも血縁者を見つけようとしていた旨が綴られていた
よっぽど彼女に用があったのだろうか
◆【難読の箇所が大半を締める】
癖の強い文体で綴られた文章の大半は読むことができなかった。何故見つけようとしたのか、その真意ですら見つけることは叶わなかった
そんな文章が続く故に読める場所に目が止まった。明らかに綺麗なそれは何か『複製元』があるという結論に至るまで"分"と掛からなかった
「『古代語』だな。間違いない」
地図の様なものとその文章が何を示しているのかは不明ながら、興味が湧いた。しかし、母を置いて家を空けることに引けを感じたのでやめた
仕事ならいざ知らず、己が好奇心を満たすだけにそんなことは
◆【床の軋む音がした】
ハッとなり、視線を上げるとそこには母が立っていた
「ノル」
「母さん、何起きてんだよ」
ケープを羽織った母が視線を上げた先に立っていた
「それ、部屋に入ったのね」
母は手帳を眺めていった
「…うん」
「なら、お父さんがやろうとしていたことを
見たのね?」
「見たけど、読めなくて、何とも、もしかしたら」
父のやろうとしていたことってなんだろうか
「きっと、母さんの病を治そうとしてたのかも」
「そう…ね。そうかも」
◆【母は浮かない顔をしていた】
「それより母さん、どうしたの
起きてくるなんて」
「今日は、気分が良くてね
久しぶりにお茶を淹れようかと」
「言ってくれれば僕が淹れたのに」
「優しいね。でも私が淹れたいの」
そう言って母はキッチンへと向かった
「ノルも飲む?」
「…うん、お願い」
喉は特別渇いてない。けれども何か口実がないと動き出せなかった。僕はキッチンに向かい近くの机と椅子まで移動した
◆【ダイニングからキッチンへ】
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取ったお茶を眺める
『魔草茶』───予め乾燥させた葉っぱをお湯で戻す方法で淹れられたそれは、葉っぱの持つ薬効がお湯に溶け出すことで色がつき、香りが湯気に乗ってやってくる。ただの飲み物としてだけではなく、口をつけると魔力が緩やかに身体に満ちていくのを感じる
「どう?」
「美味しい」
◆【不思議な雰囲気だ】
朝の少し過ぎた頃のお茶会は殆どが無言で、時々母が質問をして僕がそれに答えるものだった。少なくとも僕はこの落ち着いた雰囲気が好きだ
「迷宮、行きたい?」
母が不意にそう聞いてきた
「え?」
「お父さんの子だものね」
「僕は一言も」
「手帳、握りしめてる」
「あ」
無意識に握りしめていたそれは『父の手記』だ。机の下で今も膝の上にある
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「ううん、違うの。嬉しいのよノル
あなた今、生き生きしてるもの」
「…」
母は続ける
「司書の仕事もノルにとっては大事だったけど
やっぱり心の何処かでは『冒険』を
したかったんじゃない?」
「そんなことは」
ない。そうは言い切れなかった。今まで仕事があるからと本を手に取り『他人の物語』を文字越しに見て満足していた
それで十分だった
◆【未知への探究を諦めた】
「ゴホッ!」
ハッとする。考えるより先に手と足が前に出て、倒れそうになる母を支えるのが間に合った
「母さん」
「ごめんなさい、咽せちゃった」
嘘だ。咳き込んだのを受け止めた手のひらを露骨に僕から逸らした
「休もう、母さん」
「そうね、そうしましょう」
◆【母を寝室に連れて行った】
「…」
父の遺した手記が今見つかった意味を僕は理解した
「治してみせるよ。父さん」
父の部屋から装備を借りた。少し思いけれども仕方がない。僕は鍛錬とは無縁の生活を送っていたんだ。今更後悔しても遅いと割り切った
◆【町を出て南西に向けて1.4km】
手記を頼りに太陽の照り付けがやや角度を帯びる頃、森に到着した。鬱蒼としたそこから更に奥へと向かう。日差しがなくなり体温が徐々に落ち着いていくと
「洞窟…手記通りだ」
◆【洞窟の中は一層ひんやりとしていた】
「…」
壁に手をつき進んでいると壁が開く罠が発動した。一歩間違えていれば動いた壁と壁に挟まれ、挽肉になる罠だ
しかし、そこまで脅威的な罠と言うわけではない。そもそもが洞窟の材質によりその威力が変わり、装備を着ていれば間違いなく押し潰しは回避できる
僕の様な初心者を殺すのに特化した罠と言える
『ベテラン』は壁から離れ、『ビギナー』はそれに倣う。だからこそこの『罠を模した隠し通路』に気がつかないと言える
◆【隠し通路の先】
灯りすらない下り階段を下りていく、どこまで続いているのかが分からない程長いそこをただひたすらに下へ下へと降っていく
手記がなければ早々に帰っていた自信がある。やがて、遥か下の方に明かりが見えてきた
◆【開けた空間】
四方全面、天井と床までもが石造りの空間に出た。壁に掛かっている松明ばかりが唯一の光源だ。うかうかしていたならそこらに転がる髑髏と同様の末路を辿ること間違いなしだ
それほど広くない空間には『古代語』の文章が彫られた鉄扉が階段とは対極の位置に鎮座していた
「『我の願いを読み上げろ』ねぇ」
これは手記の写しを解いて分かっている。手記の残りの頁の『あゝあ』の意味がようやく分かった。父さん、力技が過ぎます
「『俺だけ入れる隠しダンジョン
こっそり鍛えて世界最強』」
◆【かくして隠し迷宮への挑戦が始まった】




