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人の行方  作者: 森三治郎
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85/86

85、堂宇③


きざはしのテラスで切り株に腰を下ろし待つうち、係員らしき者がコップを盆に乗せて持って来た。


「どうぞ」


「ふむ」


各々に配られたコップ、ご先祖様は木師に差し出された分を、いきなり奪い取った。

アッケに取られ見守る皆の前で、ググッと一気に飲んでしまった。

何の変哲もない水の味がした。


「……困った人だ」


木師は動ずる気配もなく、ご先祖様の分を手に取った。どうやら、これに毒が入っているんじゃないらしい。ご先祖様は代わりに自分が毒を飲んでも、安楽死など中止にさせたかったのだが……。

山羊先生が『違います』というように、小さく首を振っていた。


「さて……」


木師は皆を促し、先に立って堂宇に入った。薄暗い回廊を巡ると、内部がプラネタリウムのようになった丸いドーム状の空間があった。真ん中付近に、シンプルなイスが四脚用意されていた。イスはクルクル回り、各々が好きな方向を向いて良いらしい。

イスは意外にも座り心地が良く、ゆったりしていた。

床とドーム状空間の壁面の境が曖昧だった。その部分からゆっくりと、しかし速やかに滑らかに暗闇が広がり、やがて真っ暗闇となった。


突然、目の覚めるような緑なす大地が広がり現れた。まじかに見える低い山々、緑の稜線、どこまでも高く青い無限の蒼穹。いきなり、どこからか音楽が湧き出てきた。

ベートーヴェンの『田園』交響曲だった。



一、早春から


「おお……」


「これは……」


息をのむ光景が眼前に広がっていた。どこまでも青い空、緑なす大地、見渡す限りの新緑の野、山々がはるか彼方まで続いていた。

四人は声も無く、緑の絨毯のただ中に居た。ご先祖様は、ただただ呆然と口を開けたままだった。どこからか流れてくる曲は、聞き知ったものだ。懐かしく心地よい、爽やかな風になぶられているようで、気分が軽やかに浮き立つようだ。軽快で、麗しく、滑らかに映像と曲が一体となって流れてくる。

いつの間にか緑の中に、薄赤い点がポツリポツリと見えてきた。薄赤い点は、たちまち愛らしい紅紫色の花となった。


「カタクリだ……」


「ふむ……」


見ると別のところにも、白く咲く清楚な花があった。


「一輪草だ……」


のどかな丘陵に、穏やかな陽光は降り注いでいる。木々が芽吹き、今まさに様々な色とりどりの花が咲き競い、春を謳歌していた。

『楽園』とは、このような所か……とご先祖様は思った。


那須連山


挿絵(By みてみん)


那須高原大橋から那須連山を見た光景です。

山は近づくほど、大きく雄大な感じになるようですね。

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