84、堂宇②
ご先祖様は息せき切って木師の家に駆け込み、木師に迫った。
「木師っ!、どういう事です。安楽死などと、何考えているんですか!」
「まっ、落ち着け。お茶でも飲むかい」
木師はご先祖様に座るように促し、自分はお茶の用意をした。
「ふむ、まさか、ご先祖様は安楽死がイケナイと言うんじゃないだろうな」
「いや……だけど。バカな!。盆栽教室だって、始まったばかりじゃないか。もっともっと、教えてもらわねば、俺はどうしていいか分からないよ。何で死ぬと言うんだ。自分から死ななくとも、遅かれ早かれ、いずれ人は死ぬんじゃないか。何で死に急ぐんです」
ご先祖様は自分のことは別にして、何が悲しくて死のうというのか。木師が死ぬ必要が、どこにあるのか。こんなにピンピンして元気そうなひとが……、と思った。
「ふむ、ご先祖様。あなただって、自殺行為に等しい事をやったじゃないか。人のことを言えまい。ん……」
「いや、あれは蘇生する可能性があった。現に蘇生しているじゃないか。自殺とは違う」
「そうかな。まあ、いい。しかしな、人間は自分の寿命を自分で決めていいんだよ。ふむ、まあ待て」
木師は、何か言い出そうとするご先祖様を制した。
「ふむ、人間はね、心と身体の微妙なバランス上にある。心、精神がまさっている人もいれば、身体、本能という部分も含まれるかもしれない、その部分がまさっている人もいる。それは、固定してるわけじゃない。絶えず揺れ動いている。例えば、病気になれば気が弱くなる。人はね、歯一本痛むだけで何も考えられなくなるんだよ。
しかし、身体を鍛えれば、それなりに精神も強固になる。自堕落な暮らしをすれば、心も腐る。心が腐れば、いつしか身体も腐って行く。心と身体は、連動しているんだ。だから、軟弱な精神を叩き直すんだったら、身体を鍛えることが一番の近道だ。
……ふむ、だがワシはもう寿命なんだ。自分でも限界が分かる。ワシはね、死ぬまで心を主として居たいんだ。身体に従したくはない。これは、ワシの尊厳なのだ。
解かってくれ」
「いや、そんなはずはない。木師だったら、多少身体が弱ったって心まで弱るはずはない。身体に、屈することなんかないはずだ。木師は強い人だ。そんなヤワな人じゃない。現に、そんなに元気そうじゃないか。お願いだから、バカなことは言わないで、安楽死なんか止めてくれ」
ご先祖様は、必死で懇願した。
「自分のことは、自分が一番よく知っている。これは、もう決定したことだ」
木師は、険しい顔で厳しい口調で言い放った。
「そんな……俺は、……これから先、どうすればいいんだ……」
ご先祖様は、顔を歪めて床に崩れた。かすれた視界に木師の足を認めると、思わずすがりついて、膝に顔をうずめた。ご先祖様の肩が震えていた。
「ワシを困らせないでくれ……」
「ううっ……」
いつしか、ご先祖様の首筋にぽたぽたと涙が落ちてきた。




