83、堂宇①
長い石畳の道を、ご先祖様と兎が歩いていた。石畳はすり減って角が丸くなっていて、苔むしている。
両側が土手になっていて、土手の上に植えられた桜が満開だった。目に痛いほど鮮やかな白い花びらが、ヒラヒラと雪のように石畳に舞い落ちていた。
「ああ……」
ご先祖様は、思わずため息をついた。何の因果で、このような美しい場を悲痛な心で見なければならないのか……。あまりに象徴的な……と、思った。
兎が無事子供を産んで、母子ともに健康。そんな吉報を聞かされてから、ジリジリと待たされ、やっと兎とその子に面会が叶った。
子供みたいな兎が、お人形みたいな小さな赤ちゃんを抱いていた。男の子だという。
喜びもつかの間、その時、兎から信じがたい話しが出た。
「この子に、木師から木師の名前をもらったわ」
「……?、この子が木師に……木師と?。これは又、おかしな名前をもらったな~」
ご先祖様は、自分の子に勝手にヘンな名前を付けられて、にやけた顔から急にシブい顔になった。名前を付けるなら、当然、俺に話があってしかるべきだと思った。
「違うわよ。木師は通称、本当の名は『虎』というの」
「いや……」
ご先祖様は、少なからず驚いた。始めて知った。木師の名は、虎だったんだ。
そういえば、ここのところ、盆栽教室がず~と休校のままだった。どうしたのだろうか……。
「それでね……」
兎の表情が翳った。なぜか辛そうだ。ご先祖様はハッとなった。憂いを含む兎は、思いの他美しい。子供顔から急に大人っぽく見えた。
「それでね、木師が『堂宇』に行くと言うのよ」
「堂宇?」
「あっ、ご先祖様は堂宇を知らないんだ。……堂宇とは、安楽死する場所のことよ」
「……⁉、なにっ!」
「木師は、終わりにすると言うのよ」
「バカな!」
ご先祖様は吠えるが如く叫ぶと、取って返して木師の家に向かった。
石段の始まる両側に、かなり摩耗した『あ』『うん』の狛犬があった。もとは、神社だったらしい。急傾斜の長い石段の先に、鬱蒼とした杉木立に囲まれた、平たい一画がひっそりとあった。
右側の山際に大きなイチョウの木があり、左の庭の真ん中には遥かな天空までそびえ立つ巨大な杉の老木があった。てっぺんは、すでに枯れかかっている。幹の中は、すでにウロとなっているのだろう。幹の中ほどに、雨よけのトタンが巻いてある。これ以上、雨で中がくさらぬよう配慮したものらしい。
その二本の巨木に挟まれて奥まったところに、ひっそりと佇む建物、堂宇があった。
名前の通り、お堂を大きくしたような四角な建物である。傾斜のきつい反りのある桧皮葺きの大屋根、てっぺんの法輪、木目の浮いた古色蒼然たる板壁、格子縞の扉。
見るからに、ただならぬ雰囲気を漂わせている。
ここには珍しい、芸術的な建物だった。
荘厳な感じがする宗教的とも見える佇まいの建造物だった。
堂宇の前には、すでに木師と山羊先生がご先祖様と兎を待っていた。堂宇には、遠回りになるがなだらかな別ルートの道があって、木師らはその道を来たのだ。穏やかに微笑む木師を見て、ご先祖様はまた胸が熱くなった。また、涙がこぼれそうになった。




