82、盆栽教室
ご愛読、ありがとうございました。
次回から、最終章となります。
皆さまのご多幸を、お祈りいたします。
虚脱の日々を送るご先祖様の所に、木師が訪ねて来た。何か、タイミングを見計かったかのような訪問だ。
「ふむ、今度、盆栽教室を開くのだが参加するかね。週二回だ」
「あ、はい。参加させてください」
どうせ、今は農閑期だ。何もせず、だらだらと時を過ごしていても、しょうがない。
ご先祖様が盆栽教室に出てみると、何のことはない、生徒はご先祖様一人だった。
「俺、一人なんですか」
「ふむ、今のところはな」
教室は、棚場のスミにあるひなびた東屋であった。棚場から実物の盆栽を持ち込んで、木師は丁寧に指導した。植え替え、水やり、剪定、針金かけ、芽摘み、葉刈り、付肥、病害虫予防、防寒、防暑、日々の管理に至るまで、知るべきことがたくさんあった。
「盆栽は生きている芸術品だ」
そこが難しいと、木師は言う。しかし、そこが又やりがいがあっていいところなのだと、木師は言う。
二人の目の前には、教材として置かれた『武者立ちのケヤキ』があった。すでに黄葉していたケヤキは、移動の度にハラハラとその葉を落とした。
「秋に葉を落とし、ジッと冬を耐え、春に芽吹き、花を咲かせ、夏に葉を繁らせ、秋には実をつける。日々刻々とその風情をゆったりと変えながら、太古から無限にその静かなドラマを繰り返している。
『年年歳歳花相似たり、年年歳歳人同じからず』だな」
木師は、楕円の平鉢に植えられたケヤキを揺すった。残りの葉が振り落とされると、不思議に印象的な感動的な枝ぶりが現れた。どっしりとした根はり、堂々たる大木を思わせる。真っすぐ伸びた幹、力強くやや偏り伸びる節くれ立った味のある枝、キレイに半球形に展開した屈折する細やかな枝さき……。
そこには、大いなる自然があった。自然よりも自然らしい借景があった。幾多の風雪に耐えた気の遠くなるような、凝縮された時間があった。そして、それは今も日々生きて密やかに息づいている。そして、それはこの先、気の遠くなるような時間を有している。ただし、誰かがその奇跡の時間を断絶させなければ……。
「ふむ、そうだな、盆栽は少しでも管理を怠るとたちまち形が崩れるし、油断するといつの間にか枯れてしまっていることもある。特に植え替え時期や、成長期は要注意だ。冬の凍結、夏の炎暑も当然要注意だ。
水やりだけは、今は自動管理で楽になったな。それでも、絶え間ない心配りが必要だ。ふむ、盆栽というものは一応見られるようになるまで、二十年、三十年かかるのはザラだ。二百年、三百年かかって、やっと見られるというのも多い。
実生というやり方もある。種を蒔いて生えた苗を盆栽に仕立てるわけだが、当然、一生かかっても完成をみないかもしれない。盆栽とは、とてつもない長い時間を有している。そのくせ、ダメになるのはアッという間だ。一瞬の油断で、木はダメになることがある。これは、もの凄い割の合わない仕事なのかもしれないな。ふむ」
ご先祖様は、盆栽の持つとてつもない時間、そしてその危うい時間をしたたかに生き抜いている奇跡の生命力に畏敬の念を覚えた。
この不思議な生命体は、秘的でさえある。
わずかな限られた盤上に、営々と積み上げられてきたその時間。危うげで、そのくせ堂々としていて、圧倒的な存在感をもっている。
これをくれてやると言われたら、嬉しさよりも畏れの方が大きいだろう。
この奇跡のような芸術品を、自分のものにしたが為に損なったとしたら、取り返しがつかない。責任の取りようがない、と思った。
「いや、もしかして、木師はこの割の合わない仕事を、俺に押し付けようとしてるんじゃないでしょうね」
「他に誰がいる」
「まさか!、まさか……、そのために俺を蘇生させたんじゃ……」
「そんなことは、しないさ。だいいち、どんな人間かも分からない。ひょっとしたら、犯罪を犯して逃れるために冷凍睡眠したかもしれない。そんな、何者とも分からない者を、後継者にしようとは思わないよ。ふむ」
「……」
「これは、ご先祖様の人となりを見込んでのことだ。ワシが居なくなったら、ここの盆栽を頼むよ」
「そんな~、縁起でもない事言わないでください。だいいち、これ程の芸術品を……。俺には、とても畏れ多くて手が出せない」
「ふむ、畏れを知らない者に任せる事は出来ない。ご先祖様が、畏れを知るからこそ信頼がおけるのだ。なに、心配はいらない。基本的な要点を教えよう。あとは、自分なりの方法を作るのだ。ワシも、うして来た」
盆栽教室は、秋から春先まで続いた。ご先祖様にとっては、充実した時間だった。
それが、サクラの花が今にも咲きだそうとする時、なぜかハタッと途絶えてしまった。




