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人の行方  作者: 森三治郎
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78/86

78、兎⑦


ここには、恋愛のプロセスとかルールみたいなものは無さそうだ。ツジツマを合わせようとするのは、ドダイ無理だとご先祖様は覚った。脈絡なんて無くて良い。

何も考えずに行動することだ。と、思ったのだ。

ここの新人たちが、甘ったるい恋の語らいをするところなど見たことも無いし、想像も出来ない。あるとすれば、やっぱり『種付け』なんだろう。それとも、人工授精かもしれない。『情緒が欠落している』と、ご先祖様は新人たちの情緒の無さを嘆かわしく思った。


「怒っているの」


「いや」


「恐い顔してる」


兎はそんなことを言いながらも、まんざらでもなさそうだ。ご先祖様は兎を抱いて、キッチンのドアを開けた。すると、そこは小さな中庭だった。渡り廊下のようなものがあり、物干し場らしくもある。取りあえずドアがあったので開けてみると、物置だった。

いったい、この家の構造はどうなっているんだ。『大丈夫なんだろうか』と、ご先祖様はこの先が心配になった。


「あっち」


兎が、違うドアを指している。あんまり、ムーディでは無い。子供を寝かしつける父親のようだ。

ドアを開けると、まさしくベットルームだ。可愛らしいベットがある。その他には、イスとも机ともつかぬ物がある。ご先祖様はポンと兎を放り投げて、そして自身もベットに身を横たえた。二人は向かい合って横臥し、取りあえず何とかそれらしい格好になった。ご先祖様は、兎の髪を優しく撫でた。


「ふふふふ……」


何を思ったのか、ご先祖様は突然笑い出した。


「なに?」


「いや、ね、兎が案外気がきいていると思ってさ。正直、俺には兎が情緒とか、男と女の微妙なアヤとか、そんなことは理解できないんじゃないかと思ってたんだ。いや、これでなかなか気がきいている。そしたら、妙なことを思い出した」


「へ~、それで何を思い出したの」


「うん」


ご先祖様は、天井を見た。


親鸞(しんらん)を知っているかな。最澄(さいちょう)源信(げんしん)法然(ほうねん)、そして親鸞(しんらん)とその奈良から室町時代を代表する坊主、僧侶だな」


「どこかで、聞いた事があるわ」


「そう、その親鸞だ。親鸞は鎌倉時代の坊主で、浄土真宗(じょうどしんしゅう)を起こした人だ。法然が浄土宗(じょうどしゅう)、親鸞が浄土真宗、親鸞は法然の弟子なんだ。

そんなことはどうでも良い。その親鸞が二十九歳のみぎり、何に迷ったのか京都の六角堂に参篭(さんろう)し修行を始めた。六角堂は、仏教にゆかりの深い聖徳太子の建立とされ、救世観音(くぜかんのん)がマツられている。親鸞はその六角堂に百日参篭しようと目論んでいたらしい。その九十五日目の払暁、救世観音からお告げがあったんだ。

それは『お前が宿報により女犯の罪を犯すときは、私が妻になって犯されよう。一生の間、お前の身の飾りとなり、臨終には極楽へ導こう』というものなんだ。

つまり、ね、親鸞が自分の情欲に負けて女の人が欲しくなり、実際にヤッてしまったとしよう。その時はくだんの救世観音が女となって、それも飛び切りの美女になって、お相手をしてあげようというのだ。そして、文字どうり親鸞のまわりを生涯華やかに彩り、飾り立ててあげよう。そして、親鸞が死ぬ際は手を取って極楽へ導いてあげよう、というものなんだ。何という気の利いたことを言う観音様なんだろう。ねっ、そう思わないかい」


「……」


兎はいつしか、うつむいていた。小さな肩が、小刻みに揺れている。笑っているらしい。


「ほほほほほ……、また、ご先祖様は妙なことを思い出したものね。ほっ、すると、私は観音様……、ご先祖様はムシのいい親鸞様」


「ふふ、そんなところだ。ところで、観音様、この部屋は明る過ぎやしないかい」


すると、兎は枕元から小さなリモコンを取り出した。


「こんなところかしら」


「いや、もう少し暗い方がいい」


室内が、ボンヤリと暗くなった。


シモツケ


挿絵(By みてみん)


似たものに、シモツケソウ(こちらは草です)があります。

シモツケは落葉低木です。下野とかきます。栃木県の古い県(藩)名です。マイナーです。

ちなみに、となり群馬県は上野こうずけ。吉良上野介で少しは有名かな?。


あまり見かけないですが、近くで見ると小さな花がびっしりと集合して不思議な美しさがあります。

感動ものです。

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