77、兎⑥
「ん……」
ご先祖様は、一面の壁の奇妙さに気づいた。壁にカレンダーとか、グラフ、表、地図、あるいはタドタドしい文字で書かれたメモらしき物。それらは皆貼り付けてあるように見えるが。斜めから見るとフラットだ。
つまり、壁全体が液晶か何かの画面だったのだ。
「あの壁は、何かの画面なのかい」
「そ、あれは液晶画面で、分割も出来て、ああやって紙を貼り付けたようにも出来て、黒板がわりに字も書けて、三次元の立体画像も映るマルチ壁面なのよ。
私、ご先祖様のためにとってもム~デイ~なソフト用意したんだけど、見る」
「いや、それは、是非とも見てみたいな」
兎は、テーブルの下から小さなリモコンを取り出して、何事か操作した。
壁面は一瞬で切り替わった。
ぼんやりと、何処かの風景が浮かんできた。先が霞んで見える。……広大な平原だ。
日本ではないような……。静かにバイオリンの音が流れてきた。
サワっと、背筋に悪寒がはしった。妖しいまでに美しい、不思議なバイオリンの音色だった。
「……これは?」
「サンサーンスの『序奏とロンドカプリチオーソ』という曲なんだけど」
「はぁ?」
確かに流麗で美しい音楽、ロマンチックといえなくもない。しかし、この美しく妖しげな曲は良いとして、何か訳の分からない荒涼たる風景は……。
低い灌木が見える。イネ科らしい丈の長いのや短いのが、てんでに生える平原。乾燥した大地。サバンナらしい。
出て来た。優雅なチータが、可愛らしいミーアキャットが、キリンが、ゾウが、薄汚いハイエナが、醜怪なイボイノシシが強そうなライオンがぞろぞろと……。
それぞれがバイオリンの奏でる美しい旋律に合わせるかのように踊る、走る、駆ける。空では、ハゲタカが舞っていた。
と、突然ヌーの大群がドドッと現れた。もうもうと上がる土煙、視界が曇った。
ヌーの大群は、ドッドッドッドッと延延と大地を埋め尽くし、果てしも無く続いている。大地そのものが、移動しているようだ。大迫力の一大群舞を観るかのようだ。
『いったい、これは何なのだ。こんなもんで、欲情しろというんだろうか。この後、集団で交尾するシーンでも出てくるんだろうか……』
ご先祖様は、このヘンテコなビデオに戸惑いを感じた。しかし、映像は次々と入れ替わり、立ち替わり現れては去って行く。美しく煽情的、魅惑的な極彩色、すばらしいダイナミックな場面展開、生々しくおどろおどろしい生と死のドラマ、弱肉強食の世界、ほほえましい親密な親子の情愛、どこまでも続く平和な午睡、陽炎たつ炎天、草原を煙らす慈雨……、どれもこれもが、美しく、強く、激しく、儚く、強靭で、たおやかなうつろいの中で舞い踊り、生命を謳っている。
ご先祖様は兎を見た。兎はうっとりと、心なしか瞳を潤ませている。
いばらく映像を観ていたご先祖様は、いきなり兎を横抱きに抱え上げた。
「きゃっ!」
兎は驚いたのか、それとも喜んだのか短く叫んだ。




