75、兎④
ご先祖様の慌てぶりを見て、兎はご先祖様以上に慌てた。
「あのねっ、私、いろいろ調べてみたの。この前のビデオでは、女の人が道を歩いていたら、突然、男の人が出て来てイキナリ種付けが始まったの。それから、ビルの屋上で、公園で、河原の土手で、それから室内で数人が入り乱れて……。旧人って、種付けは外でやるの?」
「バババ、バカなっ!。お前、ヘンなビデオ見たんだろ」
ご先祖様は、なぜか荘子を手に取ってパラパラとページをめくった。しかし、どうにも活字が目に入らない。倏も忽も、どこかに吹き飛んでしまっていた。ご先祖様は、パタンと荘子を閉じた。
「あの、ご先祖様、旧人の種付けって」
「兎よ、お願いだから、その、種付けってのは止してくれないか」
「あら、そう、それじゃ何ていうの」
「ん……」
ご先祖様は、言葉につまった。日常会話で、そう頻繁に使う言葉ではない。
「交尾、それとも交接、受精、違うな。生殖活動、なんかヘンだな。ん……そうだ、セックス!。ね、ご先祖様、セックス」
兎は、やっとそれらしい言葉をさがしあて無邪気に喜んだ。
「あっ、いや……」
ご先祖様は当惑した。とにかく、女の子がアッケラカンとセックスなどと、言ってはイケナイ気がした。
それでも、これが、オ××コでおなくて良かった。こんな卑猥な言葉を、何の躊躇いもなく、それこそアッケラカンと使われたらこっちが困る。もし料理中にそんなこと言われたら、指を切り落としかねん。もし、食事中にそんなことを言われたら、舌を噛み切ってしまうかもしれないじゃないか。もしも、運転中そんなこと言われたら、田んぼに落っこちるかもしれない。
「なに考えてるの」
「わー!」
兎が下から覗いていた。
「下から、覗くもんじゃない!」
兎は困った。ご先祖様は、時々ムリなことを言う。下から見るなと言われても、私の身長はご先祖様の半分ほどしかないんだから、下からしか見られないじゃないの。いったい、どうすれば良いというのよ。
だけど、今のあの驚きようは……むむ、なんか怪しい。
兎は訝った。
「あの~」
「いや、悪かった」
ご先祖様は、兎の疑惑の機先を制した。
「兎よ、俺はお前が好きだ。兎の望むことなら、何でもしてやりたい。だけど、兎の頼みというのがあんまり突拍子もないんで……。いや、本当は嬉しいんだが……。
いや、なんかイケナイ……。いや、願ったり叶ったりなんだが……。いや、なんというか、その~」
ご先祖様は言うことが、支離滅裂となってしまった。その時ご先祖様の頭の中は、オ××コという言葉に占領されていて、イヤらしい妄想ばかりが次から次へと、浮かんでは消え浮かんでは消えしていた。
「それで……」
「いや、それで、兎の望む通りにするよ。ただ、明日にしてくれ、明日の夜だ。俺が兎の所へ行くよ。一応、こういうことは、心の準備が必要なんだよ。それからね……」
ご先祖様は突然、兎の横顔に口を近づけた。そして、何事かささやいた。
兎は、ご先祖様の突然の動作にドキリとしたが、なんのことはない「頼みたいことがある」と言う。
「いいわ」
兎も、小さくささやくように答えた。だが、何で耳うちする必要があるのだろうか、ここにはご先祖様と私だけなのに。どうも、旧人のすることは分かりずらいと、兎は思った。
「セーラー服、あるかい。……二十世紀の女子学生が、着ていた服だ」
ご先祖様はささやいた。
「あると思うわ。探してみる」
「無かったら、看護婦さんの服でもいいよ」
ご先祖様は恥ずかしそうに、そう言った。これが、大声で言うともっと恥ずかしいのかもしれない。兎は少しばかり、ご先祖様を理解したようだ。
「分かったわ。それを着て待ってるわ」
兎は了解した。




