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人の行方  作者: 森三治郎
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74/86

74、兎③


荘子は、老子と違い全部寓話で出来ている。これが、またどうもヘンだ。

荘子の中に、こんな寓話があった。

『南の島の帝を(しゅく)といい、北の海の帝を(こつ)といい、中央の帝を渾沌(こんとん)といった。

倏と忽は、ある時一緒に渾沌の所で会った。渾沌は、大いにもてなした。倏と忽は、渾沌のもてなしに報いようと相談した。そして人間には七つの穴があって、視たり、聴いたり、食べたり、息をしたりしているのに渾沌にはそれが無い。

それだったら、掘ってあげようと日に一つづつ掘っていったら、七日にして渾沌は死んでしまった』

ご先祖様は、ハタと行き詰まってしまった。どうも、これは、理解に苦しむ。

いったい倏とは、忽とは、渾沌とは何なんだ。ご先祖様は、荘子の寓話の意味を計りかねた。

そんな時、コンコンと誰かがドアをノックした。


「はい」


「あの~、ちょっとよろしいでしょうか」


入って来たのは、兎だった。


「何だ、兎か。どうぞ、遠慮する事なんかない」


兎は、いつもの兎らしくなくオズオズと入って来た。


「いや、何か用かな?」


「あのね……」


「ん……」


「あのね……、お茶でもいれましょうか」


「うん、頼むわ」


ご先祖様は、『何かヘンだな……』と思った。しかし、ご先祖様は今それどころじゃない。もっと、ややこしい問題に立ち向かっている最中だ。

やや、しばらくして兎がお茶をいれて持ってきた。


「いや、ありがとう」


いい香りがしてた。『ん……』何かヘンだ。ご先祖様の隣に座った兎が、ご先祖様をジッと見ている。


「何か用なのかい」


ご先祖様は、振り向いた。


兎は急に、うつむいてしまった。そして、小さな声で答えた。


「あの~、私、ご先祖様にお願いがあるんだけど……」


兎が、珍しく遠慮している。こういう慎ましやかな、オシトヤカな兎を見るのは始めてだ。ご先祖様は、急にしおらしさを見せる兎がいじらしく思えてきた。たまらなく、愛おしく思えた。抱きしめてやりたい衝動さえ覚える。


「何だ、水くさい。兎のためなら何だってしてやるさ。遠慮なく話してみなよ」


ご先祖様はつとめて気さくに、何気なさそうに答えてお茶を口に含んだ。


それは『やっかいな気の引ける話しだっていいから、気楽に話してみろ』という、ご先祖様のポーズでもあった。ご先祖様の麗しい配慮には、幾分かのテレ隠しも含まれていた。


「あのね~」


「ん」


「あのね、私、ご先祖様に……『種付け』をして欲しいの……」


「ブブーッ!⁉」


ご先祖様は、口に含んだお茶をほとんど吹き出してしまった。


「たっ、たっ、たっ……種付けえー⁉」


ご先祖様は慌てた。


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