74、兎③
荘子は、老子と違い全部寓話で出来ている。これが、またどうもヘンだ。
荘子の中に、こんな寓話があった。
『南の島の帝を倏といい、北の海の帝を忽といい、中央の帝を渾沌といった。
倏と忽は、ある時一緒に渾沌の所で会った。渾沌は、大いにもてなした。倏と忽は、渾沌のもてなしに報いようと相談した。そして人間には七つの穴があって、視たり、聴いたり、食べたり、息をしたりしているのに渾沌にはそれが無い。
それだったら、掘ってあげようと日に一つづつ掘っていったら、七日にして渾沌は死んでしまった』
ご先祖様は、ハタと行き詰まってしまった。どうも、これは、理解に苦しむ。
いったい倏とは、忽とは、渾沌とは何なんだ。ご先祖様は、荘子の寓話の意味を計りかねた。
そんな時、コンコンと誰かがドアをノックした。
「はい」
「あの~、ちょっとよろしいでしょうか」
入って来たのは、兎だった。
「何だ、兎か。どうぞ、遠慮する事なんかない」
兎は、いつもの兎らしくなくオズオズと入って来た。
「いや、何か用かな?」
「あのね……」
「ん……」
「あのね……、お茶でもいれましょうか」
「うん、頼むわ」
ご先祖様は、『何かヘンだな……』と思った。しかし、ご先祖様は今それどころじゃない。もっと、ややこしい問題に立ち向かっている最中だ。
やや、しばらくして兎がお茶をいれて持ってきた。
「いや、ありがとう」
いい香りがしてた。『ん……』何かヘンだ。ご先祖様の隣に座った兎が、ご先祖様をジッと見ている。
「何か用なのかい」
ご先祖様は、振り向いた。
兎は急に、うつむいてしまった。そして、小さな声で答えた。
「あの~、私、ご先祖様にお願いがあるんだけど……」
兎が、珍しく遠慮している。こういう慎ましやかな、オシトヤカな兎を見るのは始めてだ。ご先祖様は、急にしおらしさを見せる兎がいじらしく思えてきた。たまらなく、愛おしく思えた。抱きしめてやりたい衝動さえ覚える。
「何だ、水くさい。兎のためなら何だってしてやるさ。遠慮なく話してみなよ」
ご先祖様はつとめて気さくに、何気なさそうに答えてお茶を口に含んだ。
それは『やっかいな気の引ける話しだっていいから、気楽に話してみろ』という、ご先祖様のポーズでもあった。ご先祖様の麗しい配慮には、幾分かのテレ隠しも含まれていた。
「あのね~」
「ん」
「あのね、私、ご先祖様に……『種付け』をして欲しいの……」
「ブブーッ!⁉」
ご先祖様は、口に含んだお茶をほとんど吹き出してしまった。
「たっ、たっ、たっ……種付けえー⁉」
ご先祖様は慌てた。




