73、兎②
ご先祖様がここに目覚めてから、いつの間にか半年近くの月日が流れていた。
たまらなく長く、熱く、苦悶、懊悩した夏も過ぎ去り、今はコスモスが鮮やかに咲き競い、土手には毒々しいほど真っ赤なヒガンバナも咲いていた。空気そのものが澄み、天高く馬肥える秋、実りの秋となった。
ご先祖様の自虐的とのいえる苦行の勤労は、豊かな実りとなって結実した。ヤマさんと一緒に、バタバタと米の収穫を終わらせると
「ご先祖様、良くやりました。上出来とは行かなかったけど、合格点をあげます」
と、誉めてくれた。
一段落がつき、二人だけのささやかな収穫を祝っていた時
「これが、ご先祖様の取り分です」
と、ヤマさんが手形のような物をくれた。
ご先祖様は、やっと、ほっと一息つけた。これで世話になりっ放しの木師に、少しは恩返しが出来ると思った。自分の自由になる金を、自分で稼げたことも素直にうれしかった。
それにしても、蘇生してからのこれまでのことを思い返してみると、感慨深いものがある。
よく何とかなったと思う。よく無事に生きて来られたと、思わずにはいられない。
これで、ようやく何とか自信もついた。自分の仕事が形になり実にもなったので、来期に向けての展望も開ける気がしてきた。
新たな課題に取り組むことも、検討してみようかと思った。
今は、少々の安堵と虚脱感の中の平穏な日々が続いていた。
そんなオリを見透かしてか、木師がご先祖様に一つの課題を持ち込んできた。
「ふむ、ここの新人の思考の中核を成しているものに、老荘思想がある。老子とか荘子のことだ。まず、それを理解して欲しい」
木師はそんなことを言って、何冊かの本を置いていった。
表題は『老子の説明』とか『荘子の解釈』とかなっている。ご先祖様は、まず老子から開いてみた。
老子を読み進むうち、驚いたことにイチイチ思い当たることがある。『無為自然』とは、ここの暮らし方のことをいうのでは、と思えるほどだ。
ここには、権力闘争もないし、スポーツなどの力自慢競争もない。美醜をランク付けするコンテストもないし、セックスも、美食も、時には生存欲さえあるかどうか疑わしい。
要するにここには、ギトギトした人間の欲望が欠落している。ケバケバした人工の装飾品の類も欠落しているようだ。おそらく、ここでは芸術的という言葉は死語なのではないか。センチメンタルなんて言葉もないんじゃないか。
そういえば、ここではお祭りとか、イベントとかも全然なかった。髪飾りとか、首飾り、イアリング、指輪などをしている人を見たことがない。
『旧世界の汚濁がないのは、いいのだが……』
ご先祖様は、少しばかり旧世界の汚濁が懐かしく思い返された。
また、老子の思想に『小国寡民』というものがある。それこそ。ここのことをいっているのではないか、とも思える。一般に大きな国ほど、人口の多いほど制度は煩雑になり、問題も多く統治は難しくなる。小さな国でしかも少人数なら、理想的な国造りも可能なんではないか。なお、さらにここでは人間そのもの、人間の欲望から身体つきまでが、つつましく小さいのだ。
こここそ、老子が目指していた世界なのではなかろうか。
ご先祖様は、老子を感心しながら読み進み、荘子へと入って行った。




