71、山の向こう①
畑仕事、田んぼ仕事で日々を暮らすうちに、いつの間にか季節は巡っていた。
梅雨となりアジサイが咲き、土手の雑草が生い茂り、それぞれ花を付け今を盛りとその陰景を濃くしていった。
そして、ご先祖様の部屋から見えるサルスベリがチジれた真っ赤な花をつけて、カンカン照りの盛夏となった。ご先祖様は、田の草取り、付肥、薬剤散布、畑仕事、山野菜採りと汗を流し真っ黒に日焼けしていた。
そんな夏の今日も暑くなりそうな日、
「……精が出ますね」などと言って、ひょっこりとおまわりの犬が顔を見せた。
いろいろと雑談を交わすうち、「あの山の向こうは、どうなっているのだ?」となった。
「あの山の向こうは、放射能でいっぱいだから誰も行けない。だから、誰も向こうのことなんか知りませんよ」
「何か、行ってみたいな……」
「ムリです」
「いや、途中だけでも……」
「それならば」
麦わら帽子を被って、二人連れ立って出かけようとしていると、兎が目ざとく見つけて付いてきた。
三人は、北東にある一際高い山を目指して出発した。
スノボーとバイクで山裾まで行き、そこからは徒歩となる。
雑木林に入ると、昔は舗装された道路であった痕跡があった。今は、絨毯のようにコケがびっしりと隙間なく蔓延り、両側からミズナラやクリ、クヌギなどの雑木が迫っている。
廃道を進むうち、各自が腰に装備したガイガーカウンターが『ヂ……』と、小さな警告音を発した。
「大丈夫かな?」
「この程度なら、何時間も居るわけじゃないから」
樹海の下は、空気が淀んで湿気が多く蒸し暑かった。腐葉土のような、草いきれのような不思議な匂いがしていた。
林下に、鮮やかな山ユリの花がそこかしこに咲いていて、その香りが漂うのかもしれない。
「山歩きも、悪くないね」
「そうね、悪くない」
道路の痕跡を歩くうち、かなり開けた野原に出た。周りを見渡すとすでに大分歩いたらしく、そのは山の中腹よりかなり上に位置している。小さく木師の家が遠望でき、見晴らしが良かった。
「いや~、いい所だなぁ」
「別荘地にいいですね」
実際何がしかの施設があったらしく、このあたりは元は駐車場だったらしい。そっくり車の形骸を残したクズと夏草のカタマリが、一山二山と見える。カタマリの傍らには、トラノオの白い花が風に揺れていた。
「ずいぶんと荒れてますね」
「そうね、この辺は誰も住んで無いから」
「もうちょっと、この先へ行ってみよう」
ご先祖様が敷地に足を踏み入れた途端、又も『ヂヂ……』と警告音が鳴った。
ご先祖様はかまわず歩を進めた。多分、庭木か芝生が植えられてあったのだろうが、今は見る影も無くクズや野生の樹木に占領されていた。地面付近が空洞になっていて、ご先祖様たちは腰をかがめて進んだ。
すると突然、眼前に無残に荒れ果てた廃屋が出現した。




