65、バイク③
色が浅黒くゴツゴツした感じで、麦わら帽子をとると五分刈りの坊主頭が出て来た。
何となく、ジャガイモを連想させる。
「……で、用件は?」
「ジャガイモ……じゃなくて、いや、今朝食べたトマトがすごく旨かったんで、誰が作ったが知りたくなったんだ。出来たら、自分で作ってみたい」
「……で、ご先祖様は農業をやったことがあるのかな」
ヤマアラシは、火箸で囲炉裏の灰をかきならしながら聞いてきた。
「さあ、自分でも良く分からない」
「ただの気まぐれか……」
バシッと火箸が鳴った。
「米作りは、一年を通じて仕事だ。人間の生きる基本だ。野菜作りだって同じだ。ただの思いつきや気まぐれで、やれるもんじゃない。そんないい加減な気持ちで来られたんでは迷惑だ。こう見えても、私しゃ忙しいんだ。帰ってくれ」
ヤマアラシは怒気を発した。短気な性格らしい。
「いや、待ってくれ。俺の言い方が足りなかった。俺は、そんないい加減な気持ちじゃないつもりなんだ。じつは……」
「ん、で……」
「じつは、以前ビデオでふるさとの情景を観たことがあった。俺は知っての通り、記憶を失くしている。しかし、ふるさとの情景はどこかで見たような気がするんだ。俺の父や母は、農業をやっていた気がする。胸が痛くなった。涙が溢れて、止まらくなってしまった。ふるさとの父や母は、どうしていたのか……。
いや、木師に『何か仕事をしろ』と言われた時、真っ先に思い浮かんだのが農業だった。ただ、まったく自信がない。父や母は農業をしていたらしいが、俺はやらなかった気がする。
でも、生まれ変わったんなら、今度はここで農業から始めてみたい。
何とか、教えてもらえないものだろうか」
ご先祖様は、この年齢の判然としないヤマアラシを必死の思いでカキ口説いた。
「そういう事なら、ワシとしても、……やぶさかではないな。でも、米作りは一年を通じての仕事だ。
今日、明日やって、すぐ結果がでるもんじゃない。それに、天候にも影響される。一生懸命仕事をしても、必ずしもいい結果が出るとは限らない。気の長い、ジミチで根気のいる作業の連続だ。
それと、忙しいのは農繁期の一時期だけで、その時期はネコの手を借りたいほど忙し
いんだけど、それが過ぎるとヒマだ。大してやること無いよ」
「いや、それじゃ今が忙しいんですか。ネコの手を借りるんですか」
「いや、ここのネコは使い物にならん」
ヤマアラシは苦笑した。
「だったら、手伝いますよ。その後は、その時になって考えます。ね、どうでしょ
う」
ヤマアラシは、しばし火箸で灰を掻き馴らしていた。
「こうしよう。ワシが、ご先祖様に田んぼを貸そう。ご先祖様は、自分で米作りをやってみるといい。
もちろん、ワシが教えるし手伝いもする。お互い手助けしよう。
それで、ご先祖様は田んぼを自分で責任を持って管理し育てるんだ。うまく行けば、米が獲れるし、失敗すれば借金が残る。どうだい」
「いや、そうしてくれるなら、願ってもないことです。ありがとうございます。先生、よろしくお願いします」
ご先祖様は、居住まいを正して両手をついた。
「先生はよしてくれ。ヤマさんでいい。それじゃ、さっそく、その田んぼを見に行こう」
ヤマさんは腰を上げた。気の早い人だ。
二人は連れ立って、田んぼを見に外に出た。しばらく農道を走って、やがてヤマさんのスノボーが止まった。
「ここだ、二ヘクタールある。この一画をご先祖様に貸そう」
目の前には、かなりの広さの田んぼが広がっていた。
「いや、こんなに広いの……大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。狭くては趣味とか園芸の範囲内だし、広すぎては管理が難しいだろう。この辺が、やり応えがあって丁度いい。やり方は昔と変わらん。まずアラクレ、つまり田んぼを耕す。それから、水を張って苗代づくりだ。つまり、また耕しながらナラす。この時、なるべく平になるようにやる。そしたら、土の落ち着くのを待って田植えとなる」
「はい」
「よし、それじゃトラクターだ」
ヤマさんは、クルリときびすを返して走り出した。行動が目まぐるしく早い。
ご先祖様は、急いでヤマさんの後を追った。




