64、バイク②
「バイクの方は大丈夫かな」
「どうも、始めっから縁起が悪いな」
ご先祖様は、転んでいるバイクを見つめて、深刻そうな顔つきでそう言った。
「エンギ?」
「いや、縁起が悪いとは物事の吉凶のことだよ。そうだな~」
「良く分からないけど、何かバイクに欠陥でもあるんですか」
ロバは、不思議そうに尋ねた。
「いや違うんだ。これは、物理的な問題じゃなく、心理的なものだよ。ジンクスとかのことで、迷信といえなくも無い。こんなこと聞いたこと無いかい『始め良ければ、終わり良し』と、だからそれはその反対の意味もあって、最初良くないことがあると、その後も良くないことが続くだろうということさ。だけど、ここではそういう気迷いごとは問題にもならないんだろうな」
ご先祖様は複雑だった。自分が気にし過ぎるのか、それとも新人が無神経過ぎるのか……。
「ともかくバイクを……」
幸いバイクは、どこも壊れてなかった。
ご先祖様は、とにかく飛躍的な行動範囲を広げるアシを得た。
バイクは快調だった。排気量は二百五十ccあり、必要かつ十分な馬力があった。
ご先祖様が試運転で爆音をまき散らすので、新人たちは皆一様に振り返る。
物珍しさもあるが、野蛮な乗り物への軽蔑と、嬉しそうな様子への羨望の入り混じった視線で見送っていた。
翌日、さっそくバイクで農業をやっているらしいヤマアラシを訪ねることにした。
誰を訪ねても良いような気はしたが、今朝食べたトマトがみずみずしく、えらく旨かった。そこで、どんな奴が作っているのか見たくなったのだ。
外は、木々の緑が日ごとに濃くなっている。もうすぐ、田植えの時期なんだろうか。
耕され、水が張られた田んぼもみえる。
『農繁期なのかもしれない』ご先祖様は、ちょっとマズかったかなと思った。
しかし、相手が良いと言ったんだし、もうここまで来たら目的地まであとわずかのはずだ。
ヤマアラシの家は、東側の山裾の少し小高い所にあった。うねうねと曲がる、けっこうきれいに整えられた野芝の農道の先に、いかにも農家然とした茅葺屋根が見えて来た。俺の居た時代でさえ珍しかったのに、まさか、ここで茅葺屋根を見るとは……。
ご先祖様は、一瞬、時代が逆行してるのかと思った。
なお近ずくと、あまり手入れが行き届かないのか、屋根にぺんぺん草とかハルジオンが生えている。バイクは、庭先に止まった。
「こんにちは~」
「は~い」どこからか返事があったが、出てこない。
「こんにちは~」
戸が開け放ってある。明るい陽光の中から、急に薄暗い土間に入ったご先祖様は、目がくらんだ。目が慣れると、中はかなり広い土間だ。中央の上がり框に囲炉裏があり、上から自在鉤に吊り下げられた鉄瓶があった。
まるっきり、古い時代の農家そのものだった。板の間は、雑巾がけされているらしく黒光りしている。天井はない。むき出しの屋根裏が、ススで真っ黒になっている。
「やあ」
勝手口らしき戸が開いて、ヤマアラシが顔をだした。
「今、水やりの最中なんだが、終わったら一休みしよう。来るかい」
「はい」
なかの大部分はイネの苗で、かなりの数の育苗箱が整然と並べられてあった。
スミの一部に野菜用らしい育苗箱があり、幾種類かの野菜の小さな芽が出ていた。
ヤマアラシの言うように、水やりはすぐ終わり、二人は囲炉裏を挟んで対座した。




