62、仕事④
「ふむ、ここでは家事をすることは、生きて行く基本な条件だ。自分のことを自分で出来ない者は、生きて行けない。そこから先が分業となる。
ふむ、だからここの分業はみんな生活に根ざしたもの、つまり殆どが実業だ。
虚業というものは、あまりない」
「いや、すると俺も家事全般から始めなきゃならないワケですか」
「ふむ、そういう事になるかな」
これは大変なことになった。木師に、同情なんかしてる場合じゃない。
ご先祖様は、家事とか台所仕事に特別苦手意識は無かった。いや、実際にあまり家事などやらなかったから、意識などしてなかった。大丈夫だろうか。
決して楽観していたワケではないが、前途は思っていたよりもっと多難のようだ。
「大丈夫だよ。家事なんて簡単だ」
そういう事は、家事をキチンとしてから言ってもらいたい、とご先祖様は思った。
それよりも、先立つものだ。家も、仕事も、身の振り方も決まってないのに、家事のことを心配しても始まらない。
「いや、そんなことを言われても、俺には金も無いし住む家だって無い。そうだ、ここには金があるのですか。金融業とは虚業じゃないのですか」
「ふむ、ここにも金があることはあるが、旧世界で通用していた金というか貨幣制度とはちょっと違う。一番の違いは、金に使用期限があるということだ。
だから、際限なく金を貯め込むことは不可能だ。ここでは、大金持ちは存在しない。
もちろん、良く働けばそれなりの暮らしが出来るし、働かなければ当然貧乏だ。暮らして行けない。ヒドイのは生きて行けない。
ここはね、原始共産社会に似ている。貧富の差はあまり無いし、身分の上下も無い。
ただし、大物と、普通の人、そして取るに足らない人との区別はある」
たぶん、ここの大物なんであろう木師は、そう言ってズズーとシブいお茶を飲んだ。
「ふむ、ご先祖様はここの大事な客人だ。住まいのことは、何とかする。
まあ、焦ることはない。それより、ここの制度とか仕組みを知ることが先だな。
当分、今の所で暮らしてくれ。それから、なるべく家事は自分でするように。
兎にも、言っておく」
「はい、ありがとうございます。何から何まで面倒かけて……」
「まだ早い。問題はこれからだ。ご先祖様は、パソコンを扱ったことがあるかな?」
「はい、少し扱ったことがありますが」
自信は無かった。
「ふむ、それならちょうど良い。このパソコンをやろう」
木師は、薄っぺらいハードカバーの本のような物、ノートパソコンを取り出した。
「ここに大体の情報が入っている。それに、これがここの主だった連中だ。興味があるなら、訪ねてみるといい」
木師は、一枚の紙を差し出した。そこには、山羊、馬、ヒヒ、カピバラ、猪などとズラズラ~と、動物の名前がいっぱい書かれてあった。
こうも、動物の名前がいっぱい出てきたんでは、ヘンな気がする。少しばかり高尚な、童話みたいだ。
山羊=医者、馬=大工はすでに判っている。しかし、カピバラ=警官とある。何やら少し脅したら頓死しそうな警官ではないか。ナマケモノ=消防、防災官ともある。
大丈夫なんだろうか、とも思ってしまう。さらにヒヒ=先生、ヤマアラシ=農民、そしてホエザル=検裁官とあるのも恐ろしげだ。
「ふむ、そこにロバ=機械屋とあるだろ。奴を訪ねるといい。ご先祖様のための、足を用意させてあるんだ」
木師は、非常に魅力ある提言をしてきた。しかし、喜色はすぐに曇った。
「いや、それはすごくありがたいけど、俺はスノボーには乗れないよ。自信がない」
「ふむ、だいじょうぶだ。幸か不幸か、ご先祖様の身体の大きさに見合ったサイズのスノボーは無い。だが、バイクがあるらしい」
「はあ、バイクですか」
バイクなら、何とかなるとご先祖様は思った。




