61、仕事③
ご先祖様は、崩れた本を片付け始めた。木師は流し台のところで、ジャージャー、カシャカシャと音を立てて食器などを洗っているようだ。
ご先祖様は本を片付けながら、この散らかった部屋を観察した。壁一面が本棚だ。
いや、側面の一部にも、かなり大きな本棚がある。反対側にもあった。その本の傾向が、どうも傾向だったものではないらしく、ゴチャゴチャと何でも構わず集められたようだ。学術書らしき本や、文学、推理小説、マンガ、何でもあり、エロ本の類もあった。
木師はこの部屋のように、ものすごい乱雑家、いや乱読家らしい。それにしても、驚くべき蔵書だ。窓辺に、パソコンが二台置かれてある。なぜか旧タイプのCRTモニターを使ってあって、一台は横倒しにして使ってあるみたいだ。不格好な底の面がむき出しになっていて、何か見ていてハレンチな気がする。
当然といえば当然だが、インテリアっぽい物がなにも無い。そんな点が、いかにも新人らしい。
やがて木師が、机ともイスともただの箱ともいえそうな物を持ち出して、その上に湯飲みを置いた。
「ふむ、お茶でも」
「はっ、いただきます」
シブいお茶だった。
「ところで、木師には奥さんとか子供とかいないの」
「いないこともないが、ふむ、そうだな……、ここでは旧人のような家族関係は無いんだ。人は一人一人が独立した存在で、たとえ親兄弟であっても一緒に住むことは殆どない。夫婦関係もない。ここの住人は子供の時の一時期を除いて、殆ど一人住まいだな。ワシもそうだよ」
「いや、そんな……」
ご先祖様は、いまさらながら自分の常識がここでは通用しないことを知らされた。
「原則として、自分のことは自分でやる。当たり前のことだ」
木師はそう言っているが……。ご先祖様は木師が掃除をしたり、洗濯したり、台所で食事を作る姿を想像した。似合わない。何か食事はマズそうだ。勧められたら辞退しよう。洗濯なんてしてるのだろうか。いつも、着たきりスズメじゃないか。掃除だって、この有り様じゃいつ掃除したのか分からない。
「木師はそう言うけど、木師に家事は向かないんじゃないかな~。そういう事は、他の人に任せた方がいいんじゃないの。その方が、木師の本来の仕事に集中できると思うが、余計な事かもしれないけど……」
ご先祖様は、木師が不得手であろうコマゴマとした家事に、難渋することはないではないかと思った。ともかく、木師はここの長老なんだから、そんなものは他の人に任せたらいいんだと思った。
「ふむ、分業にした方が良いと言うのかな」
「そう、分業にした方が良いと思う。人には得手不得手があるんだから、お互い不得手の部分を補えばちょうど上手くゆく」
「ふむ、しかしな、分業も行き過ぎるとトンデモナイ方向に暴走してしまうぞ。
分業をいいことに、何の実質的生活基盤も持たない者が、けっこうのうのうと暮らしていたり、よおく考えれば実質的になんの社会的必然の無い者が威張っていたりする。旧世界ではダニとか寄生虫とか吸血鬼みたいのが、ウジャウジャと蔓延っていたんではないのか。
まず、芸術家だ。これほど胡散臭い商売はない。ピカソなんてクズだ。誰もピカソの絵を欲しいと思う人なんていないはずだ。ゴッホなんか完全な狂人だ。狂人の絵なんか見たってしょうがないじゃないか。それに坊主だ。これほど怪しげでいい加減な商売はない。それから、それから……」
「いや、分かりました。それで、ここの分業は……」
ご先祖様は、口を差し挟んだ。放っておいたら、どこまで文明批判を続けるか分からない。木師は話の腰を折られても、別に感情を害することもなく話を戻した。
余程、人間が出来ているのか、それとも、そういう事に無頓着なのかご先祖様には分からなかった。




