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人の行方  作者: 森三治郎
58/67

58、宗教とは⑦


「ふむ、ご先祖様の旧世界には、すみずみにまでそれらの神とか宗教とか為政者とかの、しがらみ、思惑、都合などが巣くっていて、がんじがらめに根っこを張り巡らされていたんだろう。旧世界の何気ない生活でも、突き詰めて考えれば何かしらの宗教の係りが見えるはずだ。

正月行事に始まり、節分、彼岸、諸々の農業歳時記、祭り、果てはバレンタインデーとかクリスマス、除夜の鐘まで、小さいものではジンクスとか星占いまで、日本では節操のないほど宗教が氾濫していた」


「いや、確かに日本には宗教が氾濫していた。しかし、それらは皆宗教色がそんなに強くなかったはずだ。多くの日本人は、無宗教に近いと思ったが……」


「ふむ、そうだな日本人の宗教は軽い。イスラム教よりもキリスト教よりも、はるかに軽い。無いに等しい。

しかし、日本人には拝金主義があった。いわゆる金儲(かねもう)けのことだ。

日本では、ありとあらゆるものに(かね)が基準としてあった。

政治、経済、宗教、教育、農業、労働など社会的なことから、お父さんの給料、マイカー、持ち家、趣味など家庭の細々なことまで全て金に支配されている。

愛情も、金が無ければ始まらない。維持できない。宗教だって金で換算される。

例えば、坊主にお布施(ふせ)を弾めば『信仰心の(あつ)い人』になり、お布施をケチれば『信仰心の薄い人』となる。寄付の多寡が、信仰心の軽重になるんだ。

日本の宗教はビジネスなんだ。極めて胡散臭(うさんくさ)いビジネスではあるが……。

ふむ、要は日本人は金さえあれば、殆どのことが可能で出来ないことはないと思われていた。金さえあれば幸福になれると、固く信じられていた。つまり、これは限りなく信仰に近い。殆ど宗教といっていい。

日本人は全て、拝金教の信者だったのだ」


「いや、そういえば、そうかもしれない……」


しかし、それにしても……と、ご先祖様は考えさせられた。

ゴン……隣でヘンな音がした。

ご先祖様が振り向くと、兎が寝ぼけた顔でヨダレをたらしている。居眠りをして顔を湯飲みにぶつけたらしい。


「……」


こっちで深刻な話をしているのに……。

兎には、宗教などまったく関心が無いらしい。

この小娘には、悩みとか、苦渋とか、難問に頭を痛めるとかがあるのだろうかと、ご先祖様は疑った。

アッケラカンとしたその表情を見ていると、(うらや)ましくもあり、(ねた)ましくもあった。


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