57、宗教とは⑥
ふむ、なぜそうなってしまうのか。その出発点は、神を信じることから始まったのではなかろうか。不思議な事、神秘的な事、それらを神と結び付け宗教を発生させたことから誤謬は始まった。
人類は、出だしから間違っていたのだ。
だから政治も、宗教も、王権も、制度も、法律も、人間の作ったありとあらゆるものは、時を経るとすぐ腐ってしまう。どんな高潔な思想も理念も、時と共にうす汚れる。どんな聖なるものも、時と共に堕落する。そして、どうにもならなくなって破壊が始められる。
ふむ、当然だ。誤謬から始まったものは、当社は何とか取り繕えてもいずれは本性が顕れる。なまじっか延命措置が取られると、見るもオゾマシイ醜態をさらけ出すことになる。
大昔からハルマゲドンに至るまで、肝心のその部分は変われず在った。
それが、不可避の原則であり、それが必要なものと錯覚されてきたからだ。
それと、もう一つ人間にはオカしな性癖がある。『感情移入』だ。
それがあるばっかりに、人間は叡智を曇らせ、欺瞞だらけの歴史を容認してきたのだ。
例えば、映画を見て主人公になりきりハラハラドキドキするだろ、それだ。映画だけじゃなく、ドラマや、勝負事、スポーツなど様々なエンターテーメント、はたまた政治から戦争に至るまで、ありとあらゆるものに人間は感情移入を行う。
時には人間だけじゃなく、別種の生き物にも感情移入が行われる。
例えば、犬とか、アヒルとか、ネズミとかを主人公にした映画やテレビがあるだろ。
なぜそんなに、容易く感情移入がなされるのか……。
ふむ、それは、確固とした自我が無いからだ。
だから、自我の形成が未熟である子供ほど、そういうものに夢中になれる。それがあるからこそ、ヒーローが生まれヒロインが生まれ、ファン心理とかヒイキ筋とか出来る。それが、ひいては人間社会において、権威とか権力のノサバルのをなんとなく許してしまう原因だ。それが有る程度定着すると、当たり前となり、やがて確固たる現実となってしまう。
しかし、良く考えてみれば、そこには欺瞞があり歪曲があるのが見えるはずだ。
しかし、それらエンターテインメントの類は教育の一環とみなされている。
だが、そういうのを教育と見なすのは間違いだ。洗脳の一種なのだ。
それは統治者にとって、非常に都合の良い人格作りのシステムで、忠実愚直な従者なり、構成者なり、体制の支持者なりの担い手づくりに非常に役に立つ。
だから、統治者は例外なくスポーツ選手などを非常に好む。奴らは最も単純なパワーゲームの信奉者であるからだ。スポーツ選手等は、無条件で権力者などを敬ってしまう。
だから、スポーツも盛んに推奨された」
「しかし……」
ご先祖様は、自分のアイデンティティーを形成していた社会が、根こそぎ否定されるのは、耐え難い苦痛であり拷問であった。




