55、宗教とは④
「ところで、ご先祖様はバルカン半島のことを知っているかな」
「この前のビデオで見た気がするが……」
ご先祖様は、蘇生してから見たビデオを思い出した。そのビデオは、まだ最後まで見ていない。ムリして見続けていたら、精神がどうなるか分からない感じがしていた。
「ふむ、バルカン半島は、第一次世界大戦の発火点になったところだ。あそこは常に紛争の絶えないところで、大昔から延々と破壊と建設を繰り返してきたところだ。
その地域は東洋と西洋の接点せもあり、交通の要衝でもあり、また強国の利害の接点でもあり、宗教の接点でもある。
その中でも、第二次世界大戦後に出来たユーゴスラビアは、特に象徴的だろう。
ユーゴスラビアとは、南のスラブ人の国という意味だ。収容民族が、六種もあった。
少数民族も、百七十一もあったといわれている。恐ろしく複雑な地域だ。
そこを一つにまとめた男が居た。聞いた事があるかなヨシブ・ブローズ・チトーだ。
しかし、奇跡の男、カリスマのチトーが亡くなると、所詮寄せ集めの連邦国家らしく再び分裂を始める。しかも、凄惨な殺し合いをしながらだ。
ユーゴスラヴィアの複雑さはハンパない。ユーゴには七つの国境があり、六つの共和国で、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、そしてそれらが一つの連邦国家であったといわれていた。
七つの国境とは、イラリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、アルバニアのことだ。
六つの共和国とは、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアのことだ。
五つの民族とは、主要な民族が五つということで、ムスリムを加えると六つだ。
四つの言語に三つの宗教、セルビア正教、ローマカトリック、イスラム教。
二つの文字、キリル文字にラテン文字。
そして一つの連邦国家。
実際は今言った以上に、構成は複雑だ。六つの共和国にしたって、二つの自治州が含まれている。民族にしたって、混血も当然あるし流入もある。どこの民族と特定出来ない人も、出て来る。宗教にしたって、主なものが三つというだけで違う宗派も流派も当然ある。
そういう、まさにモザイク国家といわれたところなんだ。むしろ、うまく行く方がおかしい。
ふむ、そんな中で、決定的な対立を生み出すのが宗教なんだ。もし、宗教が無かったら民族主義など生まれなかった。
多数派のセルビアとそれに次ぐクロアチアは、同じスラブ系の民族だ。
同じ言葉を話し、殆ど違いのない文字を使う。……ただ、ほんの少し宗教が違うのだ。
クロアチアがカトリック教で、セルビアがセルビア正教なんだ。仏教徒から見たら、同じキリスト教としか見えない。もし宗教が無かったら、あの地域には大まかな国家が出来ていたかもしれない。
しかし、宗教が国家をより明確にしている点は否定出来ない。
つまり、強固な国家には強い宗教が必須の条件でもある」
「いや、木師はそういうけれども、第二次世界大戦後は多くの国が民主国家となったはずだ。
それ以前の宗教や絶対王政ではない民主主義が主導した世界になったはずだが……。
その頃の宗教は、すでに絶対的な権威を失くしている。俺なんか、ほとんど宗教なんか意識せず暮らしていた気がする。
それでも、宗教の悪影響を受けていたといえるだろうか」
ご先祖様は木師のいう宗教の凶悪さを、どうしても実感出来ないでいた。




