↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人の行方  作者: 森三治郎
47/86

47、犬①


ここに、ご先祖様の他にもう一人深刻な悩みを抱えた人間がいた。

オマワリの犬である。人の幸、不幸は時として奇妙な偏(かたよ)りをみせる事がある。順風満帆を、絵にかいたような幸福が続くこともある。かと思うと、これでもかこれでもかと連続して凶事が重なる場合もある。

けっして、幸、不幸は均等にばらまかれているわけではないらしい。

犬は、その不幸の偏りのただ中にいた。

犬は、気持ちの切り替えの異常な早さを得意技とする新人らしからぬ、陰々滅滅なドロ沼の拘泥にもがき苦しんでいた。

『何だって、僕はあの時泣き出してしまったんだろう』もっと、警官として気持ちをしっかりと持てなかったのか……。二度目の時も、何で『ごめんなさい』なんて言ってしまったのか……。

犬は、埒(らち)のあかない繰り言を繰り返していた。

それにしても、この理不尽、不条理は全部あの旧人、ご先祖様のせいだ。もともとの非は、何といってもご先祖様にあるのだ。何でこの僕が、苦しまなきゃならないんだ。


「う~~」


と呻(うめ)いて、犬はようやく「よし!」と意を決した。



もともと、ご先祖様が悪いのだ。ここはどうしてもご先祖様と対決しなければ、この呪縛は解からはしない。対決を避けていては、僕は未来永劫浮かばれない。そん何では、生きて行く価値などない。死んだ方がマシだ。それならば、ひょっとして捻り潰されるかもしれないが、ご先祖様と対決してみよう。

なにしろ、恐ろしく凶暴な旧人なのだ。どんな事態になるか、見当がつかない。

だが、死ぬ気でやれば、もしかして、ひょっとして何とかなるかもしれない。ダメでもともとだ。少なくとも、今よりはマシな展望が開けるかもしれない。

犬は悲壮な決意を固めた。

逡巡を脱した犬は、行動を開始した。犬はあれこれと思いつく限りの周到な準備をして、旧人の居る木師の家に向かった。



コンコンと、ためらいがちにご先祖様のドアが叩かれた。


「はい。どうぞ」


ご先祖様の返事に応じて、ドアがゆっくりと開られた。……と思ったら、素早く犬が入ってきて、ソロリと後ろ手でドアを閉めた。


「ん、犬か。何か用かな」


ご先祖様は訝(いぶか)った。何か様子がおかしい。オマワリのくせに挙動不審だ。


「今日は、……ご先祖様に……抗議があります」


犬は、ヘンにシャチホコばっている。言動がぎこちない。


「あっ、いや、そうか……。いや、犬には悪いことをした。謝る。かんべんしてくれ」


ご先祖様はそう言って、深く頭を下げた。ご先祖様の謝罪は、軽い会釈程度のものでなく、かかとを揃(そろ)え、姿勢を正し、キチンとした誠意のこもった謝罪だった。

犬は面食らった。『こんなはずじゃない』いきなりの恫喝と、うむを言わせぬ暴力に備えて、懐中には伸縮自在の警棒を忍ばせてある。その他にも、催涙スプレー、煙幕弾、そして万が一の奥の手に大きな音が出るピストルも用意した。

それなのに……それなのに、ご先祖様はあっさりと謝罪してしまった。

『こんなの困る』と犬は思った。ご先祖様に襲ってきてもらわねば、どう対応して良いか分からない。これじゃ、何のために何回もシュミュレーションしたのか……。

犬は困惑してしまった。

一方、ご先祖様は犬の困惑を不足とみた。


「いや、自分から理不尽な事しといて、抗議されたら謝るでは、あんたの方でも納得出来ないだろう。うん、だったら、犬の好きなようにしてくれ。気のすむようにしてくれ。叩くなり、引っ掻くなり、噛みつくなり好きにしていい」


「そんな……」


犬は当惑した。


「ん、何なら背を低くして……しゃがもうか」


「いや、そんな……ちょっと待ってください」


犬は、マジマジとご先祖様を見た。『何かが違う』やけに従順だ。気味が悪いほど物腰がやわらかで、人当たりが良い。少し痩(や)せたような……いや、大分痩せたような気がする。


「ご先祖様は、断食でもなさっているんですか」


犬は、自分でも思いもよらなかった質問をした。


「……いや、ちょっと違う」


今度は、ご先祖様が当惑した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。