44、山羊先生の断罪⑦
「ご先祖様、ここは周囲を山で囲まれていますね。その山の外側が、どうなっているかご存知ですか」
「いや、知らない」
「おお、あの山の向こうは、放射能で満たされているのですよ」
「えっ」
ご先祖様は、脳裡によからぬ想像がはしった。
「ご先祖様は、劣化弾というものをご存知ですか」
「いや……」
「劣化弾とは、大砲や機関銃の弾に劣化ウランを使ったものです。ウランは鉛よりも重い物質です。重いということは、それだけ破壊力が増すということです。つまり、ウラン鉱石を地中から掘り出しても、利用出来るのはホンの数%で大部分は不要なんです。その不要の廃棄物を有効利用したのが劣化弾というわけです。
おお、さらに前に話しましたね、例の放射能廃棄物、原子力発電の廃棄物です。それを、劣化ウラン弾と同じように使いだした」
「いや、そんな……そんなバカな、信じられない。……ウソだろ」
ご先祖様は、あまりなおぞましさに真実ではないと思いたかった。
「おお、残念ながら本当です。人間は、ちゃんとした核兵器だけでは物足りなかったんでしょう」
山羊先生は、キッパリと言い切った。
「ご先祖様は信じたくないようですが、本当です。人間は時として、信じがたい行為をなすものです。おお、それは不思議でも何でもないことです。
ヒトラーは、ユダヤ人絶滅を謀りました。スターリンは粛清に粛清を続け、周辺にいた人々を際限もなく殺し続けていたではありませんか。ピサロは卑劣な手段を持って、インカ帝国を滅ぼしたではありませんか。
おお、そうです。人間が天に唾する行為をなしても、不思議でも何でもないでしょうに。ひょっとしたら、人間は自らの滅亡を謀ったのかもしれませんよ。
ヒトラーは言ってました。『全ヨーロッパを支配するか、それともドイツの消滅か』と……。そして、ヒトラーの最終命令は、『全てを破壊せよ』というものでした。
そうです。全てです。
工場も、橋も、道路、鉄道、劇場も、もちろん軍需工場もです。ありとあらゆる施設を、破壊せよというんです。
おお、そうです。全てを獲るか、それとも全てを失うかです。じっさい、あの救い難い混沌に、自ら終止符を打ちたいと思った人間が出て来たとしても、不思議ではありますまい」
「おお……」
ご先祖様の口から、悲痛な声がもれた。
「我々は、比較的放射能の少なかったここで、何とか生活出来ましたが、無傷ではいられなかった。
ご先祖様はご存知ですか、現在ここに住んでいる者にいわゆる健常者がほとんど居ないことを……。皆、何かしらの放射線の障害を持って生きているんです。
おお、私を見てください。そう、私はアルビノです。この白髪は生まれつきなんです。オカゲで、よく歳より老けて見られますよ。
それから、オコジョは放射能による白血病でした。オコジョは最期に『私が死んだら、ご先祖様に食べてもらって……』と言ってました」
「ああ……」
ご先祖様は、絶えいるような呻き声を絞り出した。呼吸するのが困難なほど、胸が痛んだ。ご先祖様は、思い出した。
ヘンに胸が苦しかったことを、そのくせ何となく嬉しかったことを、うっとりとオコジョを見つめたことを……。
青白く透き通るような肌、少し爪と立てただけで破けそうな儚さがあった。
それが何処から来たものか、今は思い当たる。




