42、山羊先生の断罪⑤
ご先祖様は、言うべき言葉を失っていた。山羊先生の口角泡を飛ばす二十世紀人への断罪は、とどまるところ無く続きそうだった。
「自然は、人間の干渉など無い方がうまく行くのです。他の動物を見てください。イジらしいほど、慎ましい生活をしているでしょうに……。それに比べて、人間はどうですか。人間は満足することを知りません。人間は、この地上で最も貪欲な欲望を持つ生き物です。際限なく強欲で、凶暴な生き物なんです。
人間こをが、諸悪の根源なんです。総ての諸悪の根源は、人間の他者への干渉により始まるのです。
おお、その人間が際限もなく増え続けていたんです。そして、人間が増えた分、問題も増え続けて行ったんです」
「いや、人口が増えるというが、それは自然の摂理ではないのか……。人間が少なければ問題も少なくなるというのは、安直な考えではなかろうか。
山羊先生の言う方向で物事が解決するなら、苦労などない。そのかわり、人間の進歩とか発展も無かっただろう。だからといって、何でも人間の都合の良いようにしてもいいとは思わないが。人は、人工……人の作った物と自然物の狭間で、悩み苦しんでいたんだと思う。それが、どうにも折り合いが付かなくなってしまった。山羊先生の言う通り、人間の欲望が自然を押しのけてしまった。
しかし、どうなのだろう。それは、人間の本意では無かったのでは……」
ご先祖様は、山羊先生の断罪のホンの小さな隙をついて、イジらしいほど消極的な反論を試みた。
「おお、そうなのでしょう。そうなのだと思います」
山羊先生の顔が、ほんの少し穏やかになりかけた。
「しかし、人間は人間自身の自然の摂理さえ、自分の都合により勝手に解釈してきたではありませんか。例えば、食欲です。例えば、性欲です。衣食住、移動手段、通信と総てにおいてです。それらは、自然な欲求といえますか。
しよせん、人間のいう自然とは不自然そのものです。
人間の食欲は、それこそ無限です。底の無いブラックホールのようなものです。
ゲテモノ喰いの極致です。米、麦や肉、野菜などの通常品では飽き足らず、ナマコ、ウミウシ、蜂の子、ヘビ、カエル、ヤモリ、時には猛毒のフグの卵巣まで複雑怪奇な処理をして喰ってました。そして、糖尿病が併発するほど喰うのです。
余れば、平然と捨てた。
一方で、開発途上国では慢性的な飢餓が続いている。ガリガリに痩せ細った子供たちが、バタバタと倒れ餓死している。これが、自然の状態といえるでしょうか。
また、性欲も同じでしょう。
人間は一度サカリ付くと、サカリが付きっ放しになってしまう。これが、自然といえるでしょうか。二十世紀後半の欧米や日本などは、まさに聖書に出てくるソドムとゴモラの如き感がありました。
まったく、テレビにビデオ、映画からインターネットに至るまで、その品性のあまりな低俗さ、あまりな下劣、陋劣さは見るに耐えません。吐き気を催します。
それが二十四時間、休むことなく洪水の如く垂れ流し続けられていたんです。
……人間のいう自然ほど、不自然なものはありません。
おお、そうなんです。人間だけが、特別扱いなのです。例えば、人が一人でも死ねばケッコウ大事になります。時として、大騒ぎのもなります。死因にちょっとでも不審があれば、すぐに警察がしゃしゃり出て来ます。
しかし、牛、馬、犬、猫、豚、羊などが死んでも平然と無視されます。そして、それらを当たり前のように平然と殺戮し、その肉を喰らっている。
おお、人間とは何と身勝手で、冷酷で、無慈悲な生き物なんでしょう。
そして、その残酷さは、人間自身にも向けられているのです。
そして、そういう人間が死にますと、葬式というものをしますね。あのウサン臭い儀式は、いったい何でしょうか。どんな悪人でも善人になり、ただのロクデナシが前途有望な惜しい人物になってしまう。そして、物々しい飾りつけ、仰々しいシキタリ、何のようがあってそんなことをするのか。死者を悼むのだったら、もっと簡素でいい。もっと素朴であった方が、ずっといいとは思いませんか。葬式なんていうケバケバしい儀式は、いらないんじゃないですか。
生きているうちはさんざん苦労を強いておいて、死んだら大仰なことを言って貰ってもしょうがないと思いますが。
ご先祖様、生者を蔑ろにする人間が、死者を冒涜するなといえるんですか。
どちらが、罪深い行為なんですか。
そもそも旧人絶滅の原因、最終戦争の最も大きな原因を作ったのは、二十世紀人なんですよ。その後の深刻な飢餓を、ご先祖様は想像できますか。バタバタと人が倒れ、餓死して行くのを想像できますか。そういう状況の中で、人肉を食糧とする考えが出て来ても不思議はありますまい。
しかし、そんな事は昔からあったことです。
日本にも、中国にも、西洋にも、南洋の未開地にも人喰いはあったのです。
人間せっぱつまれば、何でも喰うのです。中には、土を喰った話もありますよ。土よりはるかに人間の肉の方が旨いし、栄養もあったでしょうに……。
要は、人間をそのようなせっぱつまった状態に追い込むことの方が、はるかに重大で罪深い問題なのです。ご先祖様は、そう思いませんか」
山羊先生は、ご先祖様を見上げた。
「いや……」
ご先祖様は、もはや反撃する気力が失せていた。




