41、山羊先生の断罪④
山羊先生は、紙に一本のまっすぐな線をひいた。その中心に小さなしるしをして、ターニングポイントと書き込んだ。
「ご先祖様、物事には、もうこれ以上進んだら引き返せない地点がありますね。その点を、ターニングポイントといいます。分水嶺でもいい。おお、そのターニングポイントが二十世紀にあったのです。おお、それを二十世紀の人間は知っていたはずです。何度も、警告が発せられていたはずです。
それに、ちょっと考えれば解かるはずです。大量に石油を燃やし続ければどうなるか、たいした意味も無く電灯を煌々と付けていればどうなるか、食いきれないほどの魚を取り続けていればどうなるか、無制限に木を切り倒していればどうなるかを……。いったい、二十世紀の人間は、膨大なゴミの山を見て何を考えていたのでしょう。発電に使われた放射性廃棄物が、大量にたまり続けるのを見て何を考えていたのでしょう。南極の上空に、ポッカリ空いたオゾンホールを知って何を考えていたのでしょうか!」
山羊先生は、ガツンと鉛筆を突き立てた。山羊先生は、珍しく激昂している。
ご先祖様は怯んだ。立場が逆転してしまった。
「二十世紀人はキレイ事を並べ立てるのが好きなようで、よく愛とか、正義とか、博愛とか、真実とか、美しいとか、清らかとか、純粋とか好んで口にしますが……。
おお、実際に自分たちがやっていることはどうなんです。この、将来、大変な事態になるであろう諸問題に対して、何をしたというんですか。おお、二十世紀人がやったことは、重大な問題を先送りすることだった。そして、その問題を手遅れにしてしまったのだ」
山羊先生は、益々厳しく二十世紀人を断罪した。
ご先祖様は、心当たりがある。後ろめたい気持ちあり、おそるおそる口を挟んだ。
「いや、俺には二十世紀の人間たちが、それ程無責任で、自分の事しか考えないエゴイストで、独りよがりなバカばっかりとは思えないんだが……。少しは本当に良心的で、マジメに将来を憂いて対策に当たっていた人も居たとおもうが……」
「ふん」
珍しく、山羊先生が侮蔑的な言辞を吐いた。「ふん」と突き放すような言い方をした。
こんなことは、通常の山羊先生では考えられない。そのことを持ってしても、事が容易ならざるものであることをご先祖様は覚えた。
「ご先祖様、二十世紀の人間がどんなキレイ事を並べ立てても、どんな解決法を実行に移そうとも、それらは総て人間の都合を棚上げしての発想です。
つまり、殆どの問題は、人間の欲望とエゴから発生したものです。おお、それを二十世紀人は自らの業を棚上げにして、何者かをワルモノに仕立て上げ責任を擦り付けあっていた。責任の所在もアイマイなら、解決の手段もアイマイとならざろ得ない。
将来の技術の発展が問題を解決してくれる、という無責任な甘い希望的観測を持っていた。
解決は成されたか……否、出来はしない。問題を歪にしただけだ。
そして、問題は加速度的に大きくなった。それは何故か……。方向が間違っているからです。
人間は、前向きとか、前進とか、増える、拡がるなどとそんな言葉が大好きです。
それは、人間の身体つきを見れば即理解できます。私を見てください。目も、鼻も、口も、耳も、手も、足も、そして性器も全部前向きに出来ています。全部、前向きに機能しているのです。こういうのは、自然界では非常にマレな存在です。
他の動物を見れば解かるはずです。こんなにも機能が前面に集中してる動物なんて、他にいません。
前向きが、人間の基本的姿勢ともいえます。人間の傲慢、驕慢をただす方向は、人間の独善的な都合のためだけの前向きという思想ではなく、その逆の方向にあります。
その方向こそ、本当の唯一の解決法です。それしか、無いのです。
おお、そうです。人間は、もっともっと謙虚であるべきでした。
地球に対して、自然に対して、他の動物に対して、植物に対して、総てに対して謙虚であるべきでした。
人間が、前向きの方向で問題を解決しようというのは詭弁です。
しかし、人間はその方向にしゃにむに突き進んだ。そして、問題をコジらせた。しかも問題は、ドンドン膨れ上がる。そして、結局は問題の先送り……。
二十世紀人は何といっていたか、『懸命の努力をしましたが……』などといっている。
ふざけんじゃない!」
ドンと、山羊先生が机を叩いた。
ビクッと、ご先祖様は首を竦めた。もはや、立場は完全に逆転してしまった。




