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ブラッドムーンと偽りのキス  作者: 華月AKI


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7/11

七話 閉じた目のその先に

 静まり返った体育館に、瀬能の声が響いた。


「……昨日の続きだ。俺、お前に話がある」


 近づいてくる足音が、やけに胸に響く。

 充希の心臓はドリブルみたいに激しく跳ねて、呼吸がまともにできない。


(やば……近づくな……! 父さんの言ってた“相性”のせいかも……マジでやばい……!)


 必死にそう自分に言い聞かせる。

 けれど胸を揺さぶっているのは本当に“それ”だけなのか――自分では気づかないまま。


 瀬能が正面に立ち、眼鏡の奥から真っ直ぐに視線を送ってきた。


「園田」


「な、なんだよ……」

 喉が乾き、声が裏返る。


 瀬能は一度だけ息を整え、真面目に言葉を紡いだ。


「……昨日、お前に告白されて、ずっと考えてた。本気で言ってるんだって、あの必死な顔を見てわかった。だから俺も、逃げちゃいけないと思った」


 充希の胸がドクンと跳ねる。


「……俺、お前と付き合ってみたい」


 その一言で、世界が止まった。

 耳の奥で鳴り響く鼓動。

 血の渇きなんかじゃない、名前のつけられない熱が全身を駆け巡っていた。


(な、なにこれ……やば……! これ絶対“衝動”のせいだよな!?)


 顔が一気に赤くなり、思わず後ずさる。

 だが瀬能は一歩、また一歩と近づいてくる。


「昨日噛まれたとき……驚いたけど、不思議と嫌じゃなかった。むしろ、お前が本気でぶつかってきたんだってわかって……」


 頬を赤らめながら続けるその言葉に、充希の鼓動はさらに速まる。


(やめろやめろやめろ! 俺の心臓これ以上持たない!! ていうか、本気とか必死とかって、それ……誤解だから!!)


 それでもなぜか。自分の胸を焼き尽くすような熱を否定しきれなかった。


 瀬能の吐息が近づき、距離がなくなる。

 そして彼は眼鏡に指をかけ、ゆっくりと外した。


 裸眼の瞳がくっきりと迫ってきて、逃げ場を失う。

 委員長然とした冷静さを脱ぎ捨てた表情は、思わず息を呑むほど熱を帯びていた。


(や、やば……っ! なんでいきなり眼鏡外すんだよ……これ以上俺に近づくなって……!)


 吐息が頬に触れた瞬間、呼吸が止まる。

 喉が勝手に鳴り、心臓が耳のすぐそばで爆発しているみたいだった。


 思わず、ぎゅっと目を閉じた。

 無意識に肩が震え、指先まで熱が走る。

 これが「吸血衝動」のせいだと、必死に自分に言い聞かせる。


 震える呼吸と耳鳴りのような鼓動は、衝動ではなく「初めてのキスを待ってしまった」証拠のようで――。


 唇が触れる寸前、ふいに我に返った充希は、全力で肩を振りほどいた。


「ご、ごめん!!」


 叫ぶなり、体育館の出口に向かって駆け出す。

 視界が赤く揺れる。心臓の音が頭に響いて、足音さえかき消していた。


 残された瀬能は、切なげに目を細めてその背中を見送った。


 ドアを押し開け、夜の風を胸いっぱいに吸い込みながら、充希は必死に自分に言い聞かせる。


(やっぱ無理だ……! 瀬能と近づいたら、俺、絶対になんか変な感じになる……!)


 けれど胸を満たす熱は、恐怖ではなく甘さに似ていて。

 そのことに、充希自身はまだ気づいていなかった。

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