七話 閉じた目のその先に
静まり返った体育館に、瀬能の声が響いた。
「……昨日の続きだ。俺、お前に話がある」
近づいてくる足音が、やけに胸に響く。
充希の心臓はドリブルみたいに激しく跳ねて、呼吸がまともにできない。
(やば……近づくな……! 父さんの言ってた“相性”のせいかも……マジでやばい……!)
必死にそう自分に言い聞かせる。
けれど胸を揺さぶっているのは本当に“それ”だけなのか――自分では気づかないまま。
瀬能が正面に立ち、眼鏡の奥から真っ直ぐに視線を送ってきた。
「園田」
「な、なんだよ……」
喉が乾き、声が裏返る。
瀬能は一度だけ息を整え、真面目に言葉を紡いだ。
「……昨日、お前に告白されて、ずっと考えてた。本気で言ってるんだって、あの必死な顔を見てわかった。だから俺も、逃げちゃいけないと思った」
充希の胸がドクンと跳ねる。
「……俺、お前と付き合ってみたい」
その一言で、世界が止まった。
耳の奥で鳴り響く鼓動。
血の渇きなんかじゃない、名前のつけられない熱が全身を駆け巡っていた。
(な、なにこれ……やば……! これ絶対“衝動”のせいだよな!?)
顔が一気に赤くなり、思わず後ずさる。
だが瀬能は一歩、また一歩と近づいてくる。
「昨日噛まれたとき……驚いたけど、不思議と嫌じゃなかった。むしろ、お前が本気でぶつかってきたんだってわかって……」
頬を赤らめながら続けるその言葉に、充希の鼓動はさらに速まる。
(やめろやめろやめろ! 俺の心臓これ以上持たない!! ていうか、本気とか必死とかって、それ……誤解だから!!)
それでもなぜか。自分の胸を焼き尽くすような熱を否定しきれなかった。
瀬能の吐息が近づき、距離がなくなる。
そして彼は眼鏡に指をかけ、ゆっくりと外した。
裸眼の瞳がくっきりと迫ってきて、逃げ場を失う。
委員長然とした冷静さを脱ぎ捨てた表情は、思わず息を呑むほど熱を帯びていた。
(や、やば……っ! なんでいきなり眼鏡外すんだよ……これ以上俺に近づくなって……!)
吐息が頬に触れた瞬間、呼吸が止まる。
喉が勝手に鳴り、心臓が耳のすぐそばで爆発しているみたいだった。
思わず、ぎゅっと目を閉じた。
無意識に肩が震え、指先まで熱が走る。
これが「吸血衝動」のせいだと、必死に自分に言い聞かせる。
震える呼吸と耳鳴りのような鼓動は、衝動ではなく「初めてのキスを待ってしまった」証拠のようで――。
唇が触れる寸前、ふいに我に返った充希は、全力で肩を振りほどいた。
「ご、ごめん!!」
叫ぶなり、体育館の出口に向かって駆け出す。
視界が赤く揺れる。心臓の音が頭に響いて、足音さえかき消していた。
残された瀬能は、切なげに目を細めてその背中を見送った。
ドアを押し開け、夜の風を胸いっぱいに吸い込みながら、充希は必死に自分に言い聞かせる。
(やっぱ無理だ……! 瀬能と近づいたら、俺、絶対になんか変な感じになる……!)
けれど胸を満たす熱は、恐怖ではなく甘さに似ていて。
そのことに、充希自身はまだ気づいていなかった。




