五話 相性の問題?
夜。
帰宅すると、リビングのソファで父が足を投げ出していた。アンプに繋がれたギターをいじりながら、ちらりとこちらを見る。
「……おう。例のクラスメイトはどうだ?」
「っ……」
充希は顔を引きつらせた。
「……ど、どうって?」
「お前が昨日、首に噛み跡残したやつだ。学校で何か言ってきたかって聞いてんだよ」
「……」
ごまかせない雰囲気に、充希はしぶしぶ今日の出来事を話し始めた。
女子にからかわれて、教室がざわついたこと。
昼休みに絆創膏が剥がれそうになって、うっかり直してしまったこと。
そのとき検索履歴で「付き合い方 手順」を見てしまったこと。
「……で、完全に勘違いが進行中。……っていうか、どうしてこうなったんだよ……」
頭を抱える充希を見て、父はふっと笑った。
「どうしても何も、お前がついた嘘のせいだろうが。まあでも、なるほどな。向こうもそんな感じなら――いっそ責任持って付き合ったらどうだ」
「はあ!? なんでそうなるんだよ!」
「いいか。俺らの一族の場合、吸血衝動なんてそう簡単に起きるもんじゃねぇんだ。ていうか、お前自身今までそうだったろ」
父は煙を吐き、真剣な眼差しを向ける。
「特にお前みたいに純血でもないやつが、全く興味もない相手に吸血衝動が発症するなんて、まずない。血の匂い、体質、相性……いろんな条件が揃わなきゃ喉は渇かねぇ。つまり――」
タバコの先に火が赤く灯る。
「お前にとって、そいつは“特別”ってことだ」
「っ……」
充希の胸がざわつく。
「ブラッドムーンの日に、たまたまクラスメイトに会って、噛みついた。……偶然って言えば偶然だが、全く興味のない相手に衝動が起きることは珍しい。血の相性ってやつがある。……あながち“一目惚れ”ってのは嘘じゃなかったのかもな」
「ち、ちがっ……そんなことない!」
充希は慌てて否定した。
けれど、その瞬間に思い出す。瀬能と初めてまともに言葉を交わした日のことを。
◇
あれは、入学してまだ数日のこと。
中学時代からの友人とはぐれ、購買へ行く道が分からなくなり、廊下で立ち尽くしていた。
「園田、どうした? 迷ってるなら案内するぞ」
声をかけてきたのは、文庫本を片手に移動中だった瀬能孝司だった。
わざわざ足を止め、道を教えてくれる。
「……え、お前、なんで俺の名前」
「いや、クラスメイトだろ」
瀬能は肩をすくめてから、やや苦笑気味に続ける。
「この前の学級活動で自己紹介しただろ。全員分ノートにまとめてある」
答えながら歩く姿に、充希は目を丸くした。
「全員分……?」
「ああ。小学生の時からバスケ好きで、好きな食べ物は唐揚げ、とか言ってただろ」
「……おまえ、なんでそんなのまで覚えてんだよ」
「覚える努力をしてるからだ」
真顔でさらりと言うその調子に、充希は思わずため息をついた。
助けてくれたことには感謝している。けど――
(……やっぱ変な奴だな)
印象として残ったのは、「真面目すぎてちょっと面白い奴」というだけだった。それ以来は特に、お互いに接点があったわけでもない。
(無い無い! 一目惚れとかそういう感じじゃ別に無い)
◇
「とにかく、あいつのこと特別好きとかそういうんじゃないから!!」
ムキになって力説する充希に、父はくつくつ笑った。
「でもまあ……相性ってのは大事だ。俺と母さんだって――」
「やめろ!!」
充希は思わず両手を振った。
「親の恋バナとか聞きたくねーわ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ息子に、父は大笑いする。
「なに照れてんだ。お前、父さんの若い頃に結構似てるってのに」
「似てねーし! 似たくもないし!」
思わずそう言うと、父は肩をすくめ、ギターを軽くつま弾いた。
「まあ、安心しろ。普通のやつ見ても何も起きないなら、まだコントロールできる。つまり――瀬能限定でヤバいってことだ」
「限定って言うな! 余計に恥ずかしいんだよ!!」
赤面しながら思わず叫ぶ充希。
そんな息子を見て、父は煙を吐きながら「若いなぁ」と呆れたように笑った。
(……でも、確かに、そうだよな。おかしな感じになるのは、瀬能限定なんだ)
クッションに顔を押しつけたまま、充希は必死に自分を納得させる。
(だったら――なるべく距離を取ればいい。そばに居なけりゃ今まで通りのはず。俺の生活、何も変わらない!)
そう強く心の中で言い聞かせた。
――その決意が、翌日あっさりへし折られるとも知らずに。




