四話 教室のざわめき
翌朝。
教室に足を踏み入れた瞬間、充希の背中を冷や汗が伝った。
黒板に残っていた昨日の授業の板書を、黙々と消している瀬能孝司。その首には、しっかりと絆創膏が貼られていた。
(うわ……めっちゃ目立つじゃん……!)
案の定、女子がすぐに食いつく。
「ねえ瀬能くん、その首どうしたの?」
「――転んだ」
孝司は即答。
だが無理がありすぎて、瞬く間にざわめきが広がった。
「転んで首に? どういう状況?」
「え、ケンカとかじゃなくて? それともさ〜」
「彼女できたんじゃない?」
わっと女子たちが盛り上がり、男子も「おいおい瀬能〜!」と机を叩いて冷やかす。
教室は一気に祭り状態になった。
孝司は涼しい顔でノートを開き、眉ひとつ動かさない。
だが後ろの席で机に突っ伏す充希は、心臓が爆発寸前だった。
(あの首を噛んだの俺だなんて……バレたら絶対学校人生終わる!!)
机の下で、膝がカタカタと震える。
一方の孝司は、さりげなく背後を振り返った。
赤くなった耳。視線を逸らす落ち着きのなさ。あまりにもわかりやすい挙動不審。
(……なるほど。昨日の告白、本気だったわけか)
妙に納得する孝司。
充希はそのことに、もちろん気づいていなかった。
◇
昼休み。
教室は購買帰りのパンや弁当の匂いでむせかえるほどにぎやかだ。
充希はあんパンをもぐもぐやりながら、ふと視線を前に送った。
(……あ、やば)
孝司の首元。絆創膏の端が、汗でめくれかけていた。
授業中なら気にも留めなかったのに、昼の明るさと距離のせいで妙に目立って見える。
そのとき、孝司が友人にノートを貸すために立ち上がり、充希の席のすぐ横を通った。
(ああもう……外れたら痕が見えちゃうじゃん!)
気づけば椅子をがたんと鳴らして立ち上がり、手を伸ばしていた。
「……っ」
人差し指で、ぺたりと絆創膏を押さえ直す。
孝司の肩がビクリと震え、驚いたように振り返った。
触れたのが充希だとわかり、目を丸くする。ぶつかる視線。思っていた以上に近い距離。
「ち、違っ! 剥がれかけてたから! 放っといたら危ねーだろ!」
慌てて言い訳する充希。
孝司は一瞬黙り込み、わざとらしい咳払いをして視線を逸らした。
ほんのり赤い耳。
一方で充希は、自分の行動を思い出して顔を真っ赤にしていた。
(なにやってんだ俺!? 完全に怪しいやつだろ!)
近くの女子が小声で「え、今の何?」と囁いて笑い、男子が「おー園田大胆〜!」と冷やかしてくる。
「ち、ちげーし!」と即座に声を荒げる充希。
だが内心では(終わった……)と心臓を押さえていた。
◇
そのとき、孝司のスマホが震え、画面が淡く光った。
ちらりと目に入った検索履歴。
『付き合い方 手順』
「――っっっ!?」
充希はパンを落としかける。
(な、なに検索してんだ瀬能!? まさか俺とのこと!?)
顔が一気に熱くなる。
孝司は気づいて気まずそうにスマホを伏せた。耳の赤みは隠しきれない。
「……何か、見たか?」
「み、見てねーし!」
「……そうか」
短いやり取り。けれどその一瞬で、充希の鼓動は限界突破していた。
◇
放課後。
「なあ、園田」
帰り支度をしていた充希に、孝司が声をかけてきた。
「っ……な、なんだよ」
「……明日、ちょっと話そう」
それだけ言い残し、鞄を肩にかけて出ていく孝司。
机に突っ伏した充希は頭を抱える。
(やばいやばいやばい! 完全に変な勘違いが進行してる!!)
窓の外では、夕焼けが街を真っ赤に染めていた。
やけにドラマチックな景色は、充希にとってただの不吉なサインにしか見えなかった。




