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ブラッドムーンと偽りのキス  作者: 華月AKI


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三話 嘘と本音

 部屋に戻ると、孝司はベッドの端に腰を下ろしていた。

 そばのテーブルには炭酸のペットボトルが未開封のまま転がっている。床には、落ちたままのチョコアイスの箱。


 まだ状況を理解できず、呆然としているようだ。普段冷静な孝司の意外な様子を見て、充希は胃がひっくり返る思いだった。


(やっべ……どうする俺……!)


 心臓を握りつぶされるような感覚のまま、覚悟を決める。



「……なぁ園田。そろそろ状況を説明してくれるよな?」


真面目な顔。恐怖というより、理解不能に混乱しているようだ。


充希はごくりと唾を飲み込んだ。


「えっと……瀬能のこと、前から……」

「前から?」

「す、すごく気になってて……一目惚れだったんだ!」


 部屋の空気が一瞬で凍った。


 孝司の手がわずかに震える。テーブルの上のペットボトルに手を伸ばしかけるが、少し迷ったように引っ込めた。代わりに、ため息ひとつ。


「……待て。整理させろ」


 孝司は普段からよくする仕草――眼鏡をクイッと持ち上げると、矢継ぎ早に問いを投げた。


「一目惚れって俺に? クラス同じなのに今更? しかもなんで出会い頭に首を噛むんだ」

「……それはその、近づきたすぎて、つい」 

「たまたま帰り道で会っただけで?」

「……偶然の勢い、みたいな?」

 自分でもしどろもどろなのは、わかっていた。こんな苦し紛れの理由で、「そうか」なんて簡単に納得してくれる相手じゃない。


「勢いで首に牙立てる奴がどこにいる」

「……ここに、いる」


 消え入りそうに答える充希。まるで尋問されている気分だった。目を見て話さなきゃと思いながらも顔を上げる勇気がなかった。


 孝司はじっと疑わしげに充希を見ていたが、しばらくして大きなため息をついた。


「……どうにも信じがたいけど、嘘をついてる感じでもないな」

「だ、だろ?」

「けど普通じゃないのは確かだ」


 その突っ込みに、充希は心臓を押さえながら情けなく頷いた。


「と、とにかく! 俺は瀬能が好きなんだ!」


 思わず口をついて出た言葉に、自分で真っ赤になる。もうヤケクソだった。一度ついた嘘だ、つき通すしかないと思った。

 孝司も目を丸くし、数秒間、固まってしまった。


 沈黙のあと。孝司は机に放ってあった絆創膏を指で弾いた。


「……落ち着け。別に誰かに言いふらす気はない。

とりあえず、これでも貼ってくれ。お前のせいでできた傷なんだから」


「っ……あ、うん!」


 慌てて絆創膏を手に取り、孝司の首に近づける。

 けれど――鼻先に漂ったわずかな血の匂いに、ふたたび心臓が跳ねた。


(やば……! こんな近くで……!)


 手が小刻みに震える。


「おい、何をそんなに緊張してるんだ」


「な、なにも! 大丈夫!」


 無理やり貼りつけると、ぺたりと音がした。

 ただの手当てなのに、妙な沈黙が二人の間に落ちる。


 やがて孝司が小さくため息をつき、手に持ったままの一口アイスの箱を開けた。


「……まあいい。悪気がないのはわかった。ほら、食うか? 溶けるぞ」


 その一言に、充希はようやく胸を撫で下ろした。


(なんとか……誤魔化せた、か?)


 けれど、この“誤魔化し”が二人の関係をとんでもない方向に転がしていくことを、まだ誰も知らなかった。

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