二話 秘密の始まり
玄関に飛び込むなり、充希はコンビニ袋を床にぶん投げた。
「と、とりあえず、これ食べてて!」
袋から転がり出たのは、一口サイズのチョコアイスの箱と炭酸オレンジジュース。
それを半ば強引に孝司の手に押しつける。
「は? え? なに、これ」
混乱する孝司は、受け取り損ねたアイスを床に落とし、呆然と立ち尽くす。
だが充希に彼を気遣う余裕はない。
「俺の部屋で待ってろ! 絶対動くな! 絶対だからな!」
そうまくし立てると、充希は廊下を駆け抜け、父のいる部屋のドアを勢いよく開けた。
◇
薄暗い部屋の奥から、エレキギターのかき鳴らす音が響いていた。
アンプにつながった音はやけにでかくて、タバコの煙と一緒に空気を揺らしている。
「父さん! やっべぇことした!」
「なに? 小遣い先払いの交渉なら却下だぞ」
父は煙を吐きながら軽口を叩く。
「違う! 外で……クラスメイトに……その、噛んじゃった!」
ギターの音が止まった。
タバコを灰皿に押し付け、父がゆっくり振り返る。
冗談を許さない色をした目に、充希は背筋を凍らせた。
「……は? 充希、お前、まさか誰かの血を吸ったのか」
うなだれながら、小さく頷く。
「ちょっとだけ……でも、やばいよな。どうしよう」
父は腕を組み、深く息を吐いた。
「だから言ったんだ。お前は俺の血と母さんの血を両方継いでる。普通の暮らしをしてても、赤い月の夜はどうしても抑えが効かねぇ」
「でも、母さんは普通の人間だったろ?」
「そうだ。だからお前はまだ日常を送れてる。でも俺が純血の吸血鬼だからな、本当ならもっと早く“発症”しててもおかしくなかった」
充希は唇を噛む。
母から受け継いだ「普通でありたい気持ち」と、父から受け継いだ「血の渇き」が胸の中でぶつかり合う。
「……俺は母さんみたいに生きたいんだ。人間として」
父は少しの沈黙のあと、低い声で言った。
「それより、お前が噛んだ相手のことだ。俺が上書きして眷属にするしかないな。純血の俺がそいつの血を吸えば、記憶の操作もできる」
「やだ! そんなの絶対いや!」
充希は食い気味に叫ぶ。
「普通に暮らしてるやつの人生、勝手にいじるなんて無理だ! 俺のせいでそんなことになるのは嫌だ!」
父は目を細めて息をついた。
「じゃあ、どうやって誤魔化すつもりだ? 首筋に噛み跡つけられて、相手が黙ってると思うなよ」
どうにかしなきゃ。けど、どうする? どう言い訳する?
頭に浮かんだ苦し紛れの案は――
「……じ、実は一目惚れだった、ってことにする」
父は一拍置いてから吹き出した。
「はっはっは! お前、嘘下手すぎだろ」
「だってそれしか! もう部屋に連れてきちゃったんだよ!」
両手で頭を抱える充希。
自室に残してきた瀬能孝司の顔が思い出される。
あの真面目な優等生相手に、どんな顔して戻ればいいんだ――。




