十話 二人きりの夜
帰宅すると、怜はジャケットを椅子に掛け、冷蔵庫をのぞき込んだ。
「夕飯まだなんだろ? その辺の材料、使っていいなら何か作るよ」
手慣れた様子でまな板を並べ、野菜を刻み始める。包丁のリズムが小気味よく響き、充希はソファに突っ伏しながらぼんやりそれを眺めていた。
「……で?」
不意に怜の声が落ちてくる。包丁を止めずに、さらりと言った。
「さっきの瀬能ってやつ。クラスメイト以上に見えたけど?」
「なっ……!」
充希は飛び起きた。
「ち、ちがっ……! クラスメイトだって! ただの!!」
「はは、そうか」
怜は片眉を上げ、鍋に材料を放り込みながらにやりと笑った。
けれど、その手元の動きが、ほんのわずか強張っているのを充希は気づかなかった。
◇
夕食を終え、一息ついたころ。
充希はテーブルに突っ伏し、ぽつりと呟いた。
「……もし。あれが“衝動”じゃなくて、本当に……だったら、どうすんだよ」
怜は箸を置き、濁された言葉の意味を探るように視線を落とした。
「“あれ”って……瀬能のことか?」
「っ……」
充希は顔をしかめ、しばらく黙り込んだ。やがて観念したように、声を絞り出す。
「……この前のブラッドムーンの夜、俺……発症して、瀬能に噛みついたんだ。
で、誤魔化すために“一目惚れした”って嘘をついた。……そしたらあいつ、マジで信じて……」
言い終えて、頭を抱える。耳まで熱い。
怜はしばらく黙って充希を見ていたが、やがて深いため息をついた。
「お前なぁ……本当にそういうとこあるよな」
呆れ半分、けれどどこか安堵も混じった声だった。
そして、ふと柔らかな口調に戻す。
「ま、でも……友達とか親に相談しづらいことがあったら、俺に言えよ。同族にしか理解できないこともあるだろうしさ。話ならいつでも聞くから」
「……っ、ありがとな!」
顔を上げた充希は、心から安心したように笑う。
「やっぱ怜は頼りになるわ!」
怜も同じように笑い返し、空いたグラスを片づけた。
音を立てないように、そっと。
その夜、充希は久しぶりに安心して眠りについた。
――月曜の朝がどんな一日になるのか、まだ知らずに。




