十一話 波乱の朝
月曜の朝。
重い気分で靴を履き、玄関の扉を開けた瞬間――。
「おはよう、園田」
「は、はああああっ!?」
そこに立っていたのは、きっちり制服姿の瀬能だった。
鞄を肩にかけ、眼鏡の奥から真っ直ぐな視線を投げてくる。
「な、なんで……! なんでお前がここに!!」
「迎えに来た。恋人だろ。学校くらい一緒に行く」
「だっ……誰が恋人だぁぁぁ!!」
充希の絶叫が住宅街に響いた。
その声に反応するように、横合いからスーツ姿の影が現れる。
「……なんだ、充希。朝っぱらから騒がしいな」
「れ、怜ー。瀬能が迎えに来たんだって」
ホッとしながら状況を説明する充希を怪訝そうに眺めていた瀬能が、ふと思い出したように小さく目を見開いた。
「ああ、駅前で一緒にいた人か……」
そして、一歩前に出て軽く会釈する。
「園田と付き合っている、瀬能孝司です」
「なっ……だ、だから付き合ってるとか言うなって!!!」
充希は慌てて頭を抱えた。
怜は就活バッグを肩に掛けたまま、口元に笑みを浮かべる。
「……自己紹介ありがとな。充希の従兄弟の篠原 怜だ」
穏やかな声色。だが視線は、瀬能の態度を確かめるように真っ直ぐだった。
「従兄弟……?」
瀬能は目を細め、わずかに考え込む。
「そうだよ。怜は大学生でさ、今は就活のためにうちに泊まってんの」
「そうか……」
怜は就活で培った卒のない笑顔を浮かべながら、右手を差し出す。
「まあ、これから顔を合わせることも増えそうだな」
一瞬複雑な表情を浮かべた後、瀬能は頷く。怜は就活で培った卒のない笑顔を浮かべながら、右手を差し出す。
「まあ、これから顔を合わせることも増えそうだな」
怜は就活で培った卒のない笑顔を浮かべながら、右手を差し出す。
「まあ、これから顔を合わせることも増えそうだな」
躊躇いがちに握手を返す瀬能。二人の手が短く重なり合う。
――その一瞬だけ、笑顔と無表情の間で見えない火花が散った。
「えっ、二人で握手、なんで?」
キョトンとしながらも不思議そうに二人のやりとりを見ていた充希だが、ハッと我に返る。
「やば、今日俺、日直だから早く行かなきゃ」
三人並んで歩き出す。
怜は就活バッグを軽く揺らしながら、わざとらしく肩をすくめて言った。
「勘違いされるのも面倒だから言っとくけど。面接受ける会社が、高校の近くであるんだ」
「そういうことか」
瀬能は納得したように頷く。だが眼鏡の奥の視線は、充希に寄り添う怜の歩調をちらりと確かめていた。
「はは……マジでありがと、怜」
充希は頭を抱えながらも、心のどこかでほっとしていた。
(少なくとも“登校デート”には見えねぇよな。二人きりよりは絶対マシだ……!)
道すがら、通り過ぎる生徒たちがちらちらと振り返っていく。
「あれってバスケ部の園田? なんか珍しい奴と歩いてるな」
「最近あの眼鏡の瀬能ってやつとよくいるよな。てか、あの隣のスーツの人、誰」
クラスメイトの瀬能と二人で登校してる方がよほど目立たないのだが、充希は気づかない。好奇の視線が突き刺さるように感じるのは、全部瀬能のせいだと彼は思っていた。
◇
やがて校門に差しかかる。
怜は立ち止まり、軽く手を振った。
「じゃ、俺はここまで。面接、遅れたら困るしな」
「ありがと! マジ助かった!」
充希が全力で頭を下げる。怜は笑って背を向けた。
その瞬間、瀬能が小さく身を寄せて囁いた。
「……帰りは二人がいい」
「っ……!」
顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「ななななに言ってんだお前ぇぇぇ!!」
校門前でいきなり騒ぐ充希に、周囲の生徒たちが遠巻きに目を丸くした。
遠ざかっていく怜の背中も、ちらりとこちらを振り返った。
笑みを浮かべたままの横顔。その奥に沈む感情を、充希だけが知らない。
(と、とにかくこの恥ずいイベントを乗り越えた!!)
けれどホッとする間も無く、心臓は何故かますますやかましく鳴り続けていた。
「園田。今日の昼だが……」
瀬能が何か言いかけたのを最後まで聞かず、充希は校舎へダッシュした。
けれど耳の奥にはまだ、「帰りは二人がいい」という囁きがこびりついている。
(やめろっての……! もう今日の授業、集中できる気がしねぇ……)
動悸は収まる気配を見せない。
――そして昼休みには、さらに厄介なことが待ち受けていることなど、まだ知らなかった。




