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第十二章 与えられた役目

「東の半島より参ったものです。・・・妖精族の長の気配を感じて、こちらまでやってきたのですけど・・・手遅れのようでしたね」

 女性はそういうとシュンに視線を寄せた。そして傍らのアカネに頭を下げる。

 「以前はたいへんお世話になりました。族を代表してお礼申し上げます」

 アカネは黙って首を振った。どうやら昔に付き合いがあったらしい。

 「彼が魔族の王になったのですね」

 少し複雑な顔をして微笑む。

 「あの、シュンとはどういった?」

 ローズマリアがその背に声をかける。

 「あら、人族の方もいらしたのね。はじめまして、妖族のサウラと申します」

 丁寧に頭を下げられて、ローズマリアは慌てて立ち上がり同じく名を告げる。人に名前を教えるのは初めてで、すこし照れた。

 「彼は妖族を滅ぼした方です」

 にっこりと微笑んで言うにはあまりに不似合いな台詞だ。直球で告げた真実にリオはあっけに取られる。すこし遠まわしな言い方もあるだろうに、と。

 「そして、救ってくれた方でもある」

 「50年前の妖族戦争のとき、シュン様は長を殺した。けれど、本当は絶滅させたわけじゃないのよ。霊族が妖精族を皆殺しにしようとしていたのを、シュン様はそっと守っていらしたのよ。生存能力の高い5人の妖精族を」

 「そのなかに私の祖父母がいたんですよ。けれど、たった5人だけれど暮らしは楽ではなかった。少しずつ、妖精族の数も増えていって・・・。30年ほど前に飢饉が起こって本当に妖精族は死に絶えるのではないか、皆がそう恐れていたときにあの方がいらしたの」

 サウラは泉の中で泳ぎまわる我が子を見た。

 「魔王の子は、いきなり一族の前に現れてこう言ったそうよ。『あなた方がこのような生活を送らなければならないのはすべて自分の責任です。僕を憎む人もいるでしょう。けれど僕はまだ死ぬわけにはいかない。全てが終わるまで、死ぬわけにはいかない』とても強い目をしていた。それを見ていた母は今でもその光景を思い出すそうよ。そして『もし全てが終われば、だれでもいい。僕を殺しに来て下さい。あなた方になら喜んでこの心臓を差し上げます。だから今は生き延びて』と。そういって一族を東の半島までお連れしてくれたのよ。環境も整えてくださって、おかげで我々も生きることができた」

 とても幸せそうな瞳をしている、ローズマリアはそう感じた。この女性はきっと、だれよりも幸せな時間を過ごしてきたのだ、と。それをシュンが作り上げた。

 「シュン様は死をもって責任を取ることになんの躊躇いもなかった。父君と母君が幸せでいてくださるなら、なにを犠牲にしてもかまわない。そういって5人の妖精族を逃がしたの。いつか、彼らの子孫が自分を殺しに来てくれることを願って。10歳にもならない、小さな子供が」

 魔族で10歳は人間で言えば5、6歳だ。やっと分別がつき始める年頃だろう。

 アカネはまたぽろぽろと涙を流し始めた。

 「長は相当この方を憎んでいらした。東の半島で、長の気配を感じて飛竜にのって急いできたのですが、この森に着いたとたん気配が消えてしまって。森の中を歩いているとオウカという魔族が助けてくださいました」

 サウラは膝をついて、血の通っていないシュンの手に触れた。

 「長を、止めにきたのです。私たちは50年前のあの日から生まれ変わった。過去の憎しみは、忘れることにしました。過去の温情は未来への恩返し。そう考えることにしたんです。憎しみはなにも生み出さない。・・・そのことを長に告げたかったのですが・・・手遅れでしたね」

 「シュン様を赦してくださるの?」

 アカネの言葉にサウラはゆっくりと頷いた。そして立ち上がる。

 「こちらにシエルがいると、お聞きしたのですが」

 女性はそういうとあたりを見渡す。そしてセイに目を留めた。

 「あなたも、妖族ね。まだ若いのね」

 優しく微笑んですぐに視線を長老へ向けた。

 「魔族の家の、長老様ですか?」

 「いかにも。妖精族のお嬢さん、どうして私をご存知かな」

 「シエルを・・・兄をあそこへ預けたときについていました。といっても小さかったですけど」

 「兄・・・?」

 長老はそう聞くととても優しく笑った。

 「あぁ、あのお嬢さんか。いやいや、よく覚えておるよ。彼からなかなか離れなかった妹さんだね」

 「覚えててくださったのですか・・・少しお恥ずかしいですね」

 ほのかに顔を赤らめて、女性は笑った。

 「大人になりましたな」

 「私も母ですから」

 母親というものはこんなにも落ち着いていられるのだろうか、セイは胸騒ぎを感じながらサウラを見た。

 「兄をお探しか。なにぶん、魔族と人族との間での生活が長かったせいか、ほとんど妖精族の面影を残しておらんのだよ。・・・能力以外は健在だがね」

 「それでいいんです。母はきっと兄に架け橋になってほしかったんだと思います。今は亡き前王と人族が愛し合ったように、兄にも妖族と魔族の架け橋になってくれればと、願いを託したんだと思いますから」

 「そうか、それは良かった」

長老の目線はずっとセイをみたままだ。

 「セイ、君のことだよ」

 セイは足元から、なにかが崩れ落ちるような感覚に見舞われた。いままでずっと捜してきた一族。シュンが生き残りはほとんどいない、そういった。けれど目の前にいるのは、同じ種族で、家族・・・。

 「お、れ?」

 震える手で自分を指差す。泣きそうで、歯を食いしばる。

 「そうだよ。セイ・シエル」

 サウラは振り返って微笑んだ。思わずセイから笑みがこぼれる。ずっと捜し求めていたものが、目の前にある。しかもそれは他の誰でもない、家族で妹。

 「セイ、シエル。魔族と妖族の言葉でどちらも『希望』という意味だよ」

 「希望・・・」

 「お兄さん、お久しぶりです」

 そう言った妹の顔が可愛くて、セイは思わず抱きしめる。妹と遊んだ記憶なない。この森に預けられる前の記憶は失ったままだ。けれど体の奥底で、なにかが覚えている。

 「ただいま」

 泣き顔を見られまいと、セイはサウラの肩に顔を埋めた。


 「麗しき・・・家族愛、か」

 それを離れてみていたリオはそっと呟いたのをローズマリアは聞き逃さなかった。

 彼女にはもう家族がいない。

 「あら、私がいるわよ。リオ」

 肩を少し当てて照れながら告げる。思えば老子がいなくなった今、自分も1人だ。

 「姫様・・・」

 「ローズマリアよ。リオ」

 「長いよ・・・」

 リオはそうポツリと呟くと、ローズマリアと手を重ねた。


 「長老様・・・恩返しをしてもよろしいでしょうか」

 長老は不思議そうにサウラを見た。アカネはその言葉にサウラを見上げる。

 「この方には、生きてもらわねばならないのです。我々のためにも」

 そういって腰に下げていた布袋から小さな小瓶を出してきた。その瓶には緑の若葉が水に浮いている。

 「それは・・・?」

 リオが尋ねる。

 「天樹の雫です」

 「そんな大切なものを」

 アカネは少し拒むように、シュンの手を握った。もう身体にほとんど体温は感じられない。魔族が永久の眠りにつく前の仮死状態に近付いている。

 「これはこういうときのために使うものですよ」

 そういって小瓶のコルク栓を抜いた。そして一滴をシュンの口元にたらす。それが口の中に入ったのを確認すると、同じようにミドリとアオイにも雫を分ける。

 医師はすぐに立ち上がってシュンの様子を見る。見る間にシュンの顔色は戻り、まったくといっていいほど動いていなかった胸が一度大きく動いた。

 「呼吸・・・はじめたわね」

 そういうと傷口の様子を見る。魔族の血が強いのか、治癒力が高くなっている。少しずつ傷口が塞がろうとしている。

 それをみたセイは安堵する。ほっと息をついた背をリオが叩いた。それに情けない顔をして答える。

 「でもシュンは・・・」

 ローズマリアはサウラを見ながら話した。

 「魔王にはなりたくないと・・・」

 「魔王は種族の長。生きてもらわねば我々も滅亡せざるを得ない。これは変えられぬ自然の摂理」

 それを聞いてローズマリアは顔を伏せる。その様子にサウラは微笑む。

 「けれどすべての種族の長であり続けることはないんですよ」

 ハッと顔をあげた。

 「先代の王たちは魔族だけでなくほかの種族の王として君臨しようとしていた。はじめはそれがよかったのかもしれません。指導者がいれば、すべての種族間の問題が解決しやすくなる。けれどそれは王にとって重荷にしかならなかった。ずっと気付かない振りをして、千年以上この仕組みを変えてはこなかった。・・・この方はそれに気付いたのですよ。自分には無理だと・・・自分を知っていた。そして行動を起こした。その犠牲はあまりにも大きかったけれど、我々に忘れていたものを思い出させてくれましたよ」

 子供がサウラの元へと走りよってきた。

 「自分が今、何をしなければならないのか。風習や過去の栄光にばかり囚われて、今必要なことから逃げていた。それに気付いて・・・ここへきたんです。止める者はいませんでした。妖族はみな、王が生きて、自由に暮らせることを望んでいるのです」

 優しく我が子を抱きしめる。子ともはとても幸せそうに母の胸に抱かれた。

 「次はあなた方の番です。人族と魔族・・・本当にすべきことを思い出して」

 「しなきゃいけないこと・・・?」

 「これからは相互不可侵ではなく、相互友好のほうがいいと思いませんか?お互いに励ましあったり、慰めたり、遊んだり、・・・魔族の彼と、妖族の兄と、人族のあなたたちが共に旅をしたように、種族を乗り越えた関係があれば、いままでのような過ちは起こらないと思う」

 「じゃあそのためには・・・人が魔族を恐れない必要があるわ。それに、この世界の仕組みを知ることも」

 ローズマリアは嬉しそうに話す。

「我々は、『家』にいるような魔族を増やさねばなりませんな。そして妖族への謝罪も。全ての妖族が我々を赦しているわけではあるまい?」

 長老の言葉に、サウラは申し訳なさそうに笑った。

 「そんなことが・・・できると思う?」

 とても弱弱しい声が響いた。

 「シュン様!!」

 「僕に・・・魔族をまとめ上げる力はないよ」

 「魔王一人が、抱え込む問題ではありません」

 サウラは諭すように少し厳しい口調で言った。シュンはゆっくりとアカネの肩をかりながら立ち上がった。

 「あなたはただの、世界の要にしかすぎない。生きていればそれでいい。それ以上あなたに望むものはなにもない」

 シュンはその言葉に力を抜いた。いままで抱え込んでいたものがすべてなくなってしまったような、虚脱感に襲われる。けれどそれはとても嬉しいものだった。こんな一言で50年間悩んできたことが取り払われる。

 「ただ、生きているだけ・・・か」

 すこし自嘲気味に聞こえる言葉にも、嬉しさがこもる。

 ただ、それだけでいい。

 「お姉さま!!」

 起き上がった姉2人にアカネは叫ぶ。シュンはそっとアカネの肩を放した。そしてすこし顔を動かして「お行き」と促す。アカネはそれに満面の笑みをうかべて姉に飛びついていった。

 「サウラさん、感謝します。・・・もう一度僕が成すべきことを、皆で話し合います。死は選ばない」

 強い声だった。これが本当のシュンの姿。

 「いいえ、恩を返しにきただけです。妖族の墓石を造っていただいてありがとうございました。それから今の居住区のことも」

 セイはそれをきいて驚いた。いままでずっとほかの妖族が精霊族の墓を作ってくれたものだと思っていたからだ。

 「俺のしたことにくらべれば・・・あれでも足りないぐらいです」

 「ならその分、生きてくださいね。それがあなたの謝罪だと受け取ります」

 リオはシュンに近付いて思い切り肩を叩いた。傷口がまだ塞がりきっていないため、シュンは声にならない悲鳴を上げた。

 「私の復讐も、それでチャラにしてあげるわ」

 得意の笑みでリオは言う。その言葉も嬉しいが、シュンはそれどころではない。

 「え?え?シュン?痛い?」

 あまりにシュンが肩を押さえて我慢しているようだからリオは心配になっておろおろする。すると案の定、背中のほうの傷から再び血が流れ始めた。

 「うそ、え?医師!医師~!!」

 森中にリオの声が響き渡る。それに反応して木々の間で眠っていた小鳥たちがいっせいに空へと飛び去った。

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